■Thousand wave:7


「クルル、モアちゃん、返事して……」

モニターの砂嵐に向かって叫び続けた声も、弱々しいものになっていた。
夏美は両膝を抱え込んだ。無重力で浮き上がった体が回転を始める。

「ボケガエル、タママ、ドロロ、ギロロ……誰でもいいから助けてよ……」
『あいにく今すぐは無理だな』

通信回線が開き、クルルの声が響いた。

「クルル!無事なの!?」
『そう簡単にくたばるかよ』

モニターを確認したが、砂嵐のままだ。
パワードスーツに直接繋がった通信らしい。

『あとでいくらでも助けてやるから、ひと働きしてもらうぜ』
「どういうこと?」
『ペコポンにガスが撃ち込まれちまった。あんたの乗ってるそのロケットに、
 そのガスを打ち消すアンチガスがたんまり積んである。
 それを地球に撒き散らすだけの簡単なお仕事だぜ。
 ……ただし、俺様が組んだプログラムがオシャカになったんで、手動の船外作業だけどな』
「は?」
『だから、船の外でバルブをひねってすぐ戻る。簡単だろ?』
「なに言ってんのよ!宇宙服もないのに!」
「パワードスーツの手首に新しいボタンがある。押してみな」

手首のパーツを触ると、確かに新しいボタンが指に触れた。
おそるおそる押すと、急に息苦しさを感じた。

「なにこれ!」

夏美は瞬時に宇宙服とヘルメットを身につけていた。

『新機能、パワードスーツ宇宙戦闘用だぜぇ』
「なんでこんなもの!」
『ギロロ先輩の要望で作っといたモンだ。こうなるのを見越してたのかもな』
「私、こんなのに乗るつもり無かったのに!ドロロが……」
『でも避難せず日向家にいたんだろ?そのまんまじゃガスにやられてただろーな』

夏美は絶句した。
ドロロの言葉を思い出す。


―――夏美殿はきっとここに来る、そう言っていたんでござるよ―――


ギロロは私が来るとわかっていた。
だからパワードスーツを改造し、スイッチをドロロに預けた……。


ギロロ。夏美は心にその名をつぶやいた。
側にいなくても、いつも見守っていてくれる。そう思うだけで、力が湧いてくる気がした。

「……いいじゃない、やってあげるわよ!クルル、指示して」
『了解〜』
『夏美さん、がんばって下さい!』
「モアちゃん!……うん、やってみる!」

夏美は一人大きく頷くと、拳を握りしめた。

『んーじゃまず、背中にある金具を窓の左の壁にある突起に繋ぎな。
 そっから伸びるワイヤーがあんたの命綱だ。
 それが済んだらハッチを開ける。窓の横のボタンを長押しだ。
 空気が外に出るから一緒に吹き飛ばされるなよ』

夏美は命綱を繋ぎ、赤いボタンに指を載せた。しばらくするとドアが開きはじめる。
外へと強い風が吹いて、すぐにおさまった。

「開いたわよ」
『ガスはハッチの反対側だ。回り込んでくれ。足場はあるはずだ』

夏美は深呼吸をしてから船の外へと出た。
周囲は限りない闇の世界だ。眼下には青い星が見えるが、それに感動している余裕はない。

ドロロが足場にしていたバーを伝って、裏側へたどり着く。
夏美の背丈ほどもあるボンベには、黄色のうずまき印が付いていた。

「ボンベまで来たわ」
『ラボのロゴの左下にバルブがあるはずだ。わかるか?』

夏美のすぐそばに、丸い金属製の取っ手があった。

「目の前にあるわよ」
『時計周りだ。ひたすら回せ』

ずいぶん固く閉まっていたが、なんとか回転させる。
すると周囲が虹色の粒子で輝き始めた。

「なにこれ……綺麗」
『あとは俺の携帯端末で遠隔操作できる。戻ってくれ』
「わかった―――」

夏美の声が、警告音で遮られた。

「夏美、未確認飛行物体が接近中だ」
「ギロロ!じゃなかった、ナビ!?なにが……きゃあ!」

突然大きく揺れた船体が、夏美の体を強く打った。
その衝撃で、体が宇宙空間に投げ出される。

夏美は船からどんどん離れていった。
遠ざかりながら、ワイヤーが繋がっていたはずの壁の辺りに、
別の船が鼻先を突っ込んでいるのが見えた。


前のページ    次のページ


G66×723 に戻る
NOVEL に戻る
TOPに戻る