■Thousand wave:10


ギロロは夏美のメットに、自分のメットの額をぶつけるようにくっつけて叫んでいた。

「夏美!おいっ、しっかりしろ!」
「ギ……ロロ!?ギロロ!」
「夏美!無事か!」
「ギロロー!」

張り詰めていた気持ちが一気に緩み、夏美はギロロを胸いっぱいに抱きしめた。
その目からは涙が溢れ、丸い粒になってはじける。
危うく逆上せかけたギロロに、ナビが冷静な声で言った。

「酸素残量、ゼロだ」
「なにっ!?」

ギロロは慌ててホースのようなものを取り出し、自分のバックパックと夏美のそれを繋いだ。

「酸素ボンベ接続完了。生命維持モードを終了する」

ナビは淡々と告げた。
ギロロは思わずため息を漏らす。

「間一髪だったな」

夏美はしっかりとしがみついたまま、泣き続けている。
ギロロはその背中を優しく撫でた。

「怖い思いをさせたな。すまなかった」
「……ううん」

ようやく顔を上げて、夏美がにっこりと笑った。

「やっぱり来てくれた」
「と、当然だ」

ギロロはそう言いながら、顔を赤らめて逆を向いてしまう。
その視線の先を見て、夏美は息を飲んだ。

眼下に広がるのは、漆黒の宇宙に浮かび上がる地球。
その表面を覆うように、虹色の粒子が広がりつつあった。
七色に光る粒たちは、勢いよく流れては互いにぶつかり合って、きらきらと輝きを放つ。

それは、幾千もの光の波のようだった。

「アンチサウザンガスだ。ペコポンの大気に反応し、千年ガスを消すまで増殖を続けるらしい。
 クルルの作ったモノにしては見た目も上出来だな」

ギロロも心なしか声のトーンが高い。

「ペコポンは元に戻るだろう。夏美、お前が命懸けでがんばったおかげだ」

景色に見とれていた夏美は、首を横に振った。

「一人じゃ何もできなかった。ギロロやみんなのおかげよ」
「俺は何もしていない。お前のロケットに衝突した船だって、
 俺が取り逃がしたものだ。本当に危険な目に遭わせてしまった」
「うーん……まぁ、命の危険は感じたけどね。だってナビが、生存率3%以下、とか言うんだもん」
「……3%、以下?」

ギロロが突然黙り込んだ。メットを覗き込むと、大汗をかいている。
まるで大切なものの隠し場所がバレてしまったような顔だと、夏美は思った。

「どうかした?」
「その……あれだ、あの……聞いたか?あれを」
「聞いた?って何を?」
「いい!聞いてないならいいんだ!早く船に戻っ」
「あぁ、最期のメッセージのこと?聞いたわよ」

ギロロの肩がびくんと跳ねて固まった。

「そういえば後半は、あんたの呼ぶ声で聞こえなかったけど。何だったの?」
「な、なんでもない、なんでもないぞ!」
「えー、そんなこと言われたら気になるじゃない」

ギロロは慌てて腕の酸素残量メーターを確認し、わざとらしく叫んだ。

「あっ、酸素の残量が!船に戻るぞ。すぐそこだ、あの衛星の向こう……」
「待って」

夏美が静かに言った。
両腕に力が入り、ギロロを強く抱きしめる。
ギロロがその表情を伺うと、夏美の双眸は虹色に輝く星を見つめていた。
その瞳に映った地球に、吸い込まれそうな気持ちになる。

「もう少し……」
「ん……?」
「もう少し、眺めていたいの。このまま……」

ギロロは夏美を見つめたまま、静かに頷いた。
夏美の背に回した腕にも、自然と力がこもる。

オーロラのような輝きに照らされながら、二人はしばらく星のように宇宙を漂い続けた。


■Thousand wave:END

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