■侵略のヒケツ:3


目を覚ますと、先程よりはだいぶすっきりした気分だった。
相変わらず部屋の空気はしっとりと湿っている。
夏美は大きく息を吸って吐いた。湿度の高い空気が喉に心地好い気がした。

「ふう」

体の節々が軋むような、鈍いだるさも消えていた。
おそらく熱もある程度下がったはずだ。

食欲はまだあまり無かったが、秋が帰ったときに何も食べていなかったのでは、
また心配をかける。

(リゾットでも作ろうかな)

身体を起こしかけたとき、ドアが控えめにノックされた。

「……ママ?」

言ってはみたが、秋にしては帰りが早過ぎる。
ドアが開いて、隙間から赤い顔が覗いた。

「夏美」
「ギロロ!」
「ちょっといいか」

夏美が頷くと、赤い身体がドアの隙間から入ってきた。

「調子ははどうだ、良く寝ていたようだが」
「……寝てる間に勝手に部屋に入ったの?」

半目で睨むと、鼻で一蹴された。

「フン、部屋の中の気配くらい、ドア越しでもわかる」
「え……あんたまさか」

思わずギロロの腕に触ると氷のように冷たかった。

(この寒い中、ずっと廊下にいたの……?)

「な、なんだ、気安く触るな!」

慌てたように振り払われたが、夏美は怒ることもなくギロロをまじまじと見つめた。
ギロロはそれに気づかず、夏美の顔色に血色が戻ったのを見て、表情を和らげた。

「だいぶ良いようだな。食欲はあるか?」
「あんまり……」
「それなら、ちょうど良い」

ギロロはドアの外まで戻ると、外から毛布に包まれた何かを持ってきた。
ベッドの脇で包みを解くと、中から黒い物が出てくる。

「あ、それ!飯盒……だっけ」
「冷めないように包んでおいた」

ギロロが容器の蓋を開け、中蓋を取ると、美味しそうな香りと湯気が広がった。

「秋直伝、特製がゆだ」
「ママの!?」
「ちょっと待ってろ」

ギロロは大きなスプーンで、中蓋にお粥をよそった。
別容器から、すりおろした生姜を取り出し、脇に沿える。

「軽く塩味は付いているが、足りなければ言え。食欲が無くても、これなら食えるんだろう?」

ギロロは言いながら、スプーンで一口分をすくい上げると、
息をかけて冷ましてから夏美に向けて差し出した。

「じ、自分で食べられるわよ」
「こうするとペコポン人は治りが早いと秋が言っていた」

(ママったら……!)

夏美は頬を赤くしたが、ギロロの真面目な様子を見ると何も言い出せなかった。

「ほら、冷めないうちに食え」
「う、うん」

ぱくっ。
一口食べると、夏美の顔に驚きが広がった。

「美味しー!これ、おいもが入ってる!」
「あ、ああ、俺の焼いた芋を角切りにして入れた。焼いてあるからほくほくと香ばしいだろう」
「じゃあママじゃなくて、ギロロ特製がゆね」

そう言って夏美はにっこりと笑った。
食べる時に思ったよりも顔が近づいて、ギロロは動揺していた。
何より、なんだかとても照れくさい。
ギロロはほとんど夏美の顔を見られないまま、スプーンを夏美と手元の間で往復させた。

「まだ食うか」
「うん、まだあるなら食べる」

取り分けた分が無くなったところで、ギロロは更に飯盒からお粥を取り出すと、夏美に渡した。

「あとは大丈夫、自分で食べるから」

ギロロはほっとしてスプーンを渡した。
お茶でも飲むだろうかと、水筒から暖かい紅茶を注いでいると、夏美に呼ばれて顔を上げた。

「なんだ」
「はい、あーん」

見れば、夏美がスプーンをギロロに向けて差し出していた。

「なんのまねだ」
「自分で作ったんだから、味見してみなさいよ。すっごくおいしいんだから」
「お、俺はいい!」

ぶんぶんと首を振るが、夏美は手を引っ込めない。

「こうすると、さらに治りが早いの」
「……本当か?」
「本当よ。だから、はい、あーん」
「あー……」

ギロロは半信半疑ながら、ぱくりと一口食べた。
とたんに顔が赤くなる。

「どう?おいしいでしょ」
「……味なんかわかるか」
「え?なに?」
「何でもない!さっさと食え!」

ギロロは怒ったように言うと、背中を向けてしまった。
夏美は苦笑してスプーンを口に運ぶ。
ギロロは夏美に聞こえないような小声でつぶやいた。

「……これのどこが《侵略のヒケツ》なんだ、秋!」



その頃、秋は仕事から帰るバイクの上で、楽しそうに笑っていた。

「うまくいったかしら?女は男の手料理に弱いのよ、ギロちゃん!  夏美の侵略、できるものならやってみなさい!」

言いながら切られたハンドルは、わずかに遠回りのルートへ向けられていた。


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