■Present for you:2


湿った空気の路地を抜けると、そこはもう宇宙人街の入口だ。
夏美に触覚に似たカチューシャを付けさせると、扉を開く。
宇宙人街は地下にある為、街全体の空調が整備され、こんな暑い日に出かけるには
もってこいの場所……の、はずだった。

開け放った扉から、蒸し風呂のような熱気が上がってきて、俺達は揃って顔を歪めた。

「なんだ、この暑さは」

入口の側には商店街のはっぴを着た宇宙人が立っていて、
入ってきた俺たちに頭を下げた。

「この度は宇宙人街全体の空調設備が壊れておりまして、
 申し訳ありません、申し訳ありません」

個々の建物に付いているクーラーについては、問題なく稼動しているらしい。

「夏美、どうする、帰るか」
「なに言ってんのよ、こんなことでバーゲン諦めてたまるもんですか!」

俺を追い越し、デパートめがけて進む背中は戦場に赴く戦士のようだ。
その勇ましさにそっと心の中で、惚れ直したぜ、とつぶやく。

「ギロロー、はやく!」
「おう!」

手を振る戦乙女をめがけて熱気の中を小走りに駆けた。



デパートの入口をくぐると、カーテンのような冷気が降りてきた。

「涼し〜。ああは言ってもあんまり暑いと体が持たないわよね」
「激しい寒暖の差は体力を奪う。気をつけろよ」
「はーい。あ、ギロロあれ!」

入口脇の壁には、催事のポスター等が貼ってある。そこに手書きの宇宙語で、

『暑い中、お越し頂いてありがとうございます!
 感謝をこめて本日全品50%オフセール開催!』

と書かれた文字が踊っていた。

「あれ、なんか特別セールのお知らせでしょ!?」
「ああ、今日は暑い中来てくれたから、全品半額だそうだ」
「やっぱり〜!ラッキー!」
「どうして分かった?読めないだろう」
「女のカンよ、カン」

戦場では、長年の勘が己の命を助けることがある。さすが俺の見込んだ女だ。

「さぁ、行くわよギロロ!」
「了解した」

外の暑さの為か、人出は多くないようだ。
夏美は婦人服のフロアで、山のように積まれた洋服を手際よく選んだ。
女性の買い物は時間が掛かるイメージがあるが、夏美においては少々違うようだ。

「ねぇギロロ、ちょっと」

壁に寄り掛かってそんな夏美を眺めていると、振り向いて俺を呼ぶ。

「どうした」

夏美は声を潜めて言った。

「値段がわからないの。これいくら?」
「値札も宇宙文字だったか。簡単だから教えてやる」

俺達は店の隅で、こっそりと数字講座を開いた。頭の良い夏美のこと、
すぐに理解できたようだ。

「わかったわ、じゃあこの3つは買える範囲ね」
「そういえば、会計も宇宙通貨だぞ」
「うそ!?」

見れば、大したことのない値段の物ばかりだ。学生の小遣いの範囲なのだから、
当然と言えば当然だが。

俺が買ってやればいい、そう思った瞬間、体が緊張に堅くなった。

(俺が……夏美に、服を……プレゼントを、買ってやる)

心の中では大声で、ケロロに感謝を叫んでいた。

「あーあ、あきらめるかな」
「な、夏美」
「ギロロ、これ返してくるね」
「返さんでいい。それくらい、お、俺、俺が買って、や、る」
「えっ」

俺は夏美の手から服をひったくった。

「いいわよそんな、悪い!」
「大した金額ではない」
「あんたにとってはそうかもしれないけど!そんな借り、作れないわよ」
「じゃあ、交換条件だ」
「なに?」
「このあと、ケロロに買い物を頼まれている。それに付き合ってくれ」
「初めっからそのつもりだったわよ!そんなの交換条件でも何でもないじゃない」
「う、うるさい!大人しく俺に買わせろ!」

店内で言い合っていると、いつのまにか店員がすぐ側に立っていた。

「すみません、ほかの方にご迷惑ですので……」

夏美は慌てて謝る。憮然とした表情の俺から、店員はそっと商品を取り上げた。

「そちらのケロン人のお客様、こちら3点、お買い上げですね」
「違います!」

とっさに言った夏美に、店員は首を振る。

「お嬢さん、こういう時は買ってもらわないと。彼氏の顔を立てると思って、ね?」
「か、彼氏!?」

今度は俺が叫んでいた。慌てて否定しようとしたが、夏美が後ろから俺の口を両手でふさいだ。

「いいわよ、ここで違うってのも、かっこ悪いでしょ」
「もごっ(夏美っ)」
「顔、立ててあげるから、買ってきて。お願い」

耳元でこっそり囁かれ、真っ赤に茹で上がりながら会計カウンターまで歩く。
支払いを済ませると、店員は気を効かせたのか、リボンをかけてラッピングをしてくれていた。
にっこり笑って手渡してくれる。

「はい。かわいい彼女さんに」
「恩に着る」

俺は夏美に駆け寄ると、紙袋を差し出した。

「待たせたな」
「ありがと、ギロロ」

夏美は照れたように微笑んで、それを受けとった。

俺は天にも昇る思いで、夏美の隣を歩いていた。
ケロロのお使いも全て済ませ、あとは帰るだけだ。そう思ったその時、
買い物リストを見ていた夏美が言った。

「あ、ギロロ、この『宇宙メロンパン』って、忘れてない?」
「そういえば、そんな物もあったな」

しかし、デパートを出てしまった今では、こもるような熱気が苦しい。

「どうせメロンパンなど、あいつのおやつだろう。構わん、もう帰るぞ」
「そうね、ちょっともうキツいわ」

宇宙人街を出ると、外はもう夕方にさしかかり、涼しい風が吹き始めていた。


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