■The love story started suddenly:4
運転中のギロロは、突然遠くなる意識の中、なんとか車を寄せて停止させた。
「どうしたのよギロロ、大丈夫!?」
夏美はギロロの肩を掴んで揺さぶったが、がっくりとうなだれて動かない。
どうしたらいいのか、途方に暮れて目頭が熱くなってきたあたりで、
ギロロが突然顔を上げた。
「ギロロ!大丈夫なのっ……きゃあ!」
車が急発進し、夏美は重力でシートに押し付けられた。ギロロは食いつくようにハンドルを掴み、
一心不乱に前を見つめている。その漆黒の瞳の真ん中に、黄色い渦巻きが浮かんでいたが、
夏美はそれに気づかない。
「乱暴な運転はやめてよ!きゃー!」
振り回されるような運転が続き、夏美が疲れきった頃、車はようやく停止した。
「すまない、怪我はないか」
「たんこぶできたわよ」
窓にぶつけた頭をさすっていると、突然手が伸びてきた。ギロロの顔がすぐ近くまで迫っている。
思わず目を閉じると、頭を優しくなでられた。
「悪かったな」
「だ、だ、大丈夫よ!」
振り払うように頭を振って目を開けると、ギロロは運転席から降りるところだった。
すばやく回り込んで、助手席のドアを開けた。
「ありがと」
少し気まずい思いで車から出ると、真上には藍色の空が広がっていた。
なめらかなグラデーションでオレンジに変わり、遠く見える街に落ちていく。
ここはどこか見晴らしの良い、高台にある公園のようだった。
「日没には間に合わなかったか」
真後ろで声がした。それに押されるように、さらに見晴らしの良さそうな柵の方へと足を進める。
ふいに冷たい風が吹き、制服のスカートをはためかせた。シャツの上から両腕を抱え込むと、
背中に気配がし、さらに上から包み込まれる。
ギロロが後ろからそっと、夏美を抱きしめていた。
「なに、するのよ」
「寒そうだからな、風よけだ。」
耳元で囁かれて、一気に耳まで赤くなる。
(こいつの声、ずるい…!)
「嫌なら、振りほどいてくれていい」
どんどん早くなる心音が聞かれないか、そればかりが心配だった。しかし体とは裏腹に、
心には暖かさと安心が広がっていく。
「風よけ、なら、仕方ないわね」
後ろで笑ったような気配がしたが、この際気にしないことにした。
夏美は目の前の景色に目を向ける。
「……きれい」
ゆっくりと日が暮れて、深くなるばかりの藍色の空には星が輝きだしている。
夏美はそのうち、ギロロに抱きしめられていることも忘れ、かわりゆく空に見入っていた。
「こんなにゆっくり空を見たの、何年ぶりかしら」
すっかり暗くなった街に、明かりが灯りはじめる。
「そんなに気に入ったか」
静かな声がして、また夏美は赤くなった。ギロロの腕の中ということを、ようやく思い出したのだ。
「美しいものは好きか」
「そうね、夕暮れの街とか、こういう夜景とか、好きよ」
ギロロの腕に力が入り、夏美の体を後ろに向かせた。その瞳を見つめて、言う。
「俺も、美しいものが、好きだ」
「それって……」
視線を捕らえられたまま、夏美の瞳が揺れた。
ギロロの目が僅かに細められ、右手が夏美の顎にかかる。少しだけ上向きにされると、
夏美の唇が無防備に開いた。
「ギロロ……」
「夏美、お前は美しい。俺は、お前が」
ピーピーピーピーピーピー
突然電子音が鳴り、その場に流れていた空気を粉々にした。
「な、な、何の音!?」
驚いてキョロキョロて見渡すと、どうやら発信元はギロロの喉にあるようだ。
「何事でありますか!?」
ケロロは二人の様子に見入っていたらしく、赤い頬のまま後ろの作戦参謀を振り返った。
「あー、電池切れだな」
クククーっと笑い声が響いた所で、電子音が止んだ。
「おじさま!あれ!」
モアの指差す先を見ると、ギロロのネクタイが首からぽろりと落ちた。
するとギロロの瞳に黄色い渦巻きが浮かび、掻き消えるように無くなった。
「ネクタイが……」
言いながらギロロが落ちゆく蝶ネクタイを目で追うと、夏美の潤んだ瞳にぶつかった。
自分を見上げるその顎には自分の右手、左手はしっかりと背中に回されている。
「大・丈・夫?」
唇の動きがスローモーションに見える。ギロロの頭から爆発したように湯気が上がり、その場で卒倒した。
「ギロロ!ちょっとギロロってば!」
その後、ケロロたちが二人を回収しに行った所で、作戦が夏美の知るところとなり、
小隊全員が大目玉を食ったことは言うまでもない。