■The love story started suddenly:epilogue
強引なデートが作戦だったこと、そして一部始終を覗かれていたことに、
夏美の怒りは最高潮に達したらしい。小隊員をいつも以上に痛め付けたあと、
ケロロには一ヶ月の連続家事当番が課せられた。
「やってられないであります!」
会議室のホワイトボードには、『はんせい会』となぐり書きされている。
ケロロは机に拳を叩き付けた。
「夏美殿もちょっと楽しそうだったくせに、ひどいであります!」
「たしかに覗き見したのは悪かったですけど、これはやりすぎですぅ」
頬の傷をなでながら、タママが言う。
メガネにヒビを入れられても、クルルは笑っていた。
「あとちょっとだったのになぁ、充電し忘れるとは、我ながら失敗だぜぇ」
「あとちょっとも何も、夏美殿ったら全然、疑心暗鬼にならなかったじゃないの!」
ケロロがつばを飛ばして言うと、それを払いのけるように黄色い手をひらひらさせた。
「わかってねーなー隊長、もう少しで日向夏美の侵略が完了したんだぜぇ」
「へ?どゆこと?」
「日向夏美がおっさんに惚れちまえば、ペコポン侵略完了も同然だろーがよ」
そう言ってクルルはいつもの陰湿な笑い声を上げた。
「えー、そんな上手く行くでありますか?」
「拙者には、夏美殿は惚れた相手だからと言って、敵に容赦するような御人には
見受けられないでござるが」
「だいたい普段のナッチーは、伍長さんなんてカンペキそういう対象として見てないですぅ」
「わかってねーな、日向夏美のあの顔、思い出してみな?
ありゃ完璧に侵略許しちゃいまーすって顔してたぜぇ」
「へぇ〜……それってどんな顔?」
その場にいた全員の背中に冷たい汗が流れた。
いつのまにか入口に立っていた夏美が、クルルに歩み寄り、頭をむんずと掴み上げる。
「クルル、あんたには特別メニューが必要なようね」
「いえ、必要ないっす」
「あーら遠慮はいらないわよ。本当に、侵略許しちゃいまーすって感じかどうか、
確かめさせて あ・げ・る」
「に゛ょーーーーー!」
断末魔に似た叫び声が基地内に響いた。
ギロロが目を覚ますと、見慣れたテントの天井が見えた。
頭を持ち上げると、ひどい偏頭痛がした。それがネクタイの副作用であろうことを思い出し、
併せて自分の今日の振る舞いが思い出される。
「そうか、俺は気絶したんだったか」
我ながら情けない、と独り言を言いながらテントを出ると、外は夜の帳が下りていた。
ギロロは火を起こしながら、一日を振り返った。
(ネクタイの力を借り、いつもの自分ではなかったとはいえ、夏美と……
で、デートできたとは、夢のようだったな)
思わず微笑んでいると、背中から声がかかった。
「あ、ギロロ気がついたんだ」
「夏美!」
とたんに顔が赤くなる。いろいろと思い出し、さらに体温が上昇するのを感じた。
「あんたも、今日は大変だったわね」
「あ、ああ。お前には迷惑をかけた」
「いいわ、あんたほとんど覚えてないんでしょ?」
咄嗟には何のことかわからず、無言で夏美に視線を送る。
夏美はわずかに口元をほころばせながら、ギロロの隣に座り込んだ。
たき火を見つめる瞳がオレンジ色を写して輝いている。
ギロロはそんな夏美の横顔を見て、美しさに息を飲んだ。
「あの蝶ネクタイで洗脳されてたって。だから今日の記憶はほとんど無いはずだって。」
「だ、誰がそんなことを」
「クルルよ。さっき締め上げて白状させたの」
ギロロはあまり物事を深く考えないタイプだったが、参謀のこの嘘には乗った方が良い、
と、勘がそう告げていた。
「ああ、しかしすまなかった」
「だからいいってば。まぁまぁ楽しかったし。でも安心した。ちょっと強引すぎだったから」
「……怖い思いをさせたのか」
ギロロはそう言ってうなだれた。
「そうじゃないの。うまく言えないんだけど……。
いつも通りのあんたが一番落ち着くわ。それだけ」
夏美はにっこり笑って立ち上がると、おやすみ、と一言残して家に入っていった。
首をひねるギロロを、夏美がガラス越しにちらりと振り返る。
今日のことを覚えていないと聞いて、安堵する思いと同時に、感じるこの寂しさは何だろう。
夏美にはわからなかった。
「クークックックッ」
地下では、もはやボロボロになったクルルが愉しそうに笑い声を上げていた。
モニターは切なげな夏美の表情を捕らえている。
「あんまり一気に進んでも面白くねぇしな〜。ま、これでおっさんのこと、
相当意識するようになるだろ」
手を動かすだけでも顔をしかめる有様だが、クルルはどうにか眼鏡をずりあげた。
「隊長の侵略が先か、俺様プランの日向夏美侵略が先か……勝負になんねーかもな」
転んでもただでは起きない男、クルル曹長。その湿った笑い声はいつまでもラボに響いていた。
■The love story started suddenly:END