■休憩室でコーヒーを:4
軍曹に続いてのれんをくぐると、座敷席が数卓とカウンターのみの、
小さな小料理屋のようだった。
「あらケロロさん、いらっしゃい。一人じゃないなんて珍しいねぇ」
座敷に上がり、おしぼりを受け取りながら言われた。軍曹はにこにこしながら私に言う。
「ここ、我輩のとっておきなんでありますよ。だから誰も連れてこないの」
ではなぜ私が、と問う前に、殿は口堅そうだし静かだからいーの! と笑った。
言われてみれば、周囲の席は埋まっているが、皆静かに過ごしているようだ。
なんとなく、温かな気持ちになる。
「お連れ頂きありがとうございます。雰囲気の良いお店ですね」
「だしょ〜?料理もメチャウマでありますよ」
そんなことを話していると、何も注文していないのにビールジョッキが出てきた。
続いてお通しだろうか、煮物の小鉢が並ぶ。
「じゃあ、とりあえず乾杯であります」
グラスを掲げ、一口飲むと軍曹が話を切り出した。
「ギロロのことだけど、あいつ来週には第二中隊を抜ける予定みたいなんだよね」
「来、週……」
それを聞き、私は目を伏せた。意外に時間はある。改めて話せる機会はあるだろうかと考えた。
何を話すべきか、それはわからないが。
「そんであいつ、明日非番でさ。殿もだよね」
軍曹の言いたいことがなんとなくわかり、私は顔を上げて軍曹を見る。
「明日、伍長と会えということでしょうか」
「会えだなんて。これは命令でも任務でもないでありますよ。
つまり、デートしてみたらどう?ってこと」
「デート、ですか」
固まる私を、軍曹は箸で指しながら続ける。
「だって殿、告白するとかしないとかは別として、
デートくらいしたっていーじゃん、好きなんだから」
「しかし、私デートなんて」
「というわけで、ギロロには言っといたから」
「……は?それはどういう」
ちょうどそこで運ばれて来た料理に阻まれ、私は口をつぐんだ。
ケロロは香ばしい焼き魚や鶏の炙り焼きに舌鼓を打ち、ビールを追加した。
「軍曹」
「なーに、もっと料理食べなよ〜」
「ギロロ伍長に何をおっしゃったんですか」
「そういえば今何時?」
「11時半です!」
苛立ちが声に出たが、軍曹は柔らかい表情を崩さなかった。
「まぁまぁ、殿。12時ごろ、メディカルルーム近くの休憩所に行くといいでありますよ」
そこは伍長と初めてゆっくり会話をした場所だった。
「ギロロには、その時間に殿がそこに居るって言っといたから。
誘いに乗るも乗らないも、殿次第であります」
それを聞き、急に鼓動が早くなる。
「しかし、私がいると言っただけでは、伍長は来ないかもしれません」
「女の子を深夜に放置できるような奴じゃないでありますよ」
「女の子、ですか。私が。久しぶりに言われました」
軍に入ってから、女扱いされることはあまりなく、あっても不愉快な部類のことばかりだった。
こうして庇護の対象として言われたのは、思い出せないくらい遠い昔のことだ。
「殿は、かわいい女の子でありますよ。我輩にとっても、ギロロにとっても」
「そうでしょうか」
「もちろん殿は優秀な軍人だし、下手したら我輩より強いかもよ?
でもね、そういうこと言ってんじゃないの。」
軍曹は意外にハイペースで飲んでいたようで、赤い顔の黒目がとろりと歪んできた。
「よーするに、男はいつでも女の子に対してはカッコつけていたいんでありますよ」
「よくわかりませんが」
しかし、私の言葉に対する返答は無かった。軍曹はグラスを握ったまま、
その丸い頭をテーブルに押し付け、静かな寝息を立てている。
私は苦笑して、時計を見た。12時まで時間があまりない。
どうしようか、軍曹の頭を見つめていると、急にがばっと起き上がる。
「なぁーんばしよっと!間に合わなくなるでありますよ!」
「あ、は、はい」
「さぁ、行った行った」
「しかし、支払いは」
「あーもう!我輩に恥かかせないでよねっ」
ぷんぷん、と頭から湯気が見えた気がした。店主の方を見ると、にっこり笑って頷いてくれる。
私は軍曹に向き直り、頭を下げた。
「申し訳ありません、後日必ずお返しします」
声をかけたが、既にまた夢の世界に入ってしまったらしい。
私はすばやく席を立った。
「ごちそう様でした。……あの、軍曹はこのままで良いんでしょうか」
店主を見ると、先程と同じように頷いてくれた。
「ありがとうございます」
改めて時計を見ると、11時45分になるところだ。暖簾をくぐると全力で走り出した。