■forget me:3
あとは下の階の部下たちに任せるからと曹長が言うので、席を立つと、足元のコードにつまづいてしまった。
その拍子に、ラボの端に置かれていた装置の、赤いランプが消えた。
「あ、すみません!」
「気にすんな、充電終わったとこだ」
コードの先には、小箱のような装置が繋がっていたようだった。
「それは?」
「記憶消去装置だ。侵略先で存在がバレた時に使うように支給されたのを、俺様が小型に改造した」
曹長はそれを拾い上げて蓋を開けて見せた。中には小さなボタンが見える。
――記憶を…消す――
「消す記憶は選べるんですか」
「おい、お前」
私を見て、曹長は一瞬ためらったが頷いた。
「……ああ、任意の記憶を消せる」
「お願いがあります」
「どーせ貸せってんだろ。だめだ」
「クルル曹長!」
「どっちの記憶を消すつもりか知らねえが、なんでそんなことに協力しなきゃなんねーんだ。
だいたい、あんたとカレシが離れなきゃならないからって、
記憶を消せば無かったことに出来るとでも思ってんのか?」
普段より饒舌な曹長に一瞬怯んだが、私はその目をまっすぐに見つめ返した。
「無かったことにしたいわけじゃない。ただ、私は伍長の思い出になりたかった。
でも伍長は優しすぎるんです」
涙がこみ上げるのを抑えられない。
「伍長が私とのことを覚えていると思うと、いつか私の元へ戻って来るのではないかと期待してしまう。
忘れてくれれば、そんな望みも棄てられるのに」
クルル曹長は顔を思い切りしかめて、涙の溢れてしまった私を見ていた。
そして吐き捨てるように言う。
「自分勝手にも程があるだろ。だから女は嫌いなんだよ」
「……?」
「勝手に近づいて、一発やって自分のモノにしたら、記憶消してハイさよーならってか」
「違う!」
「違わねーよ」
私達はしばし睨み合った。
そこへ背後のドアロックが解除された音がした。
涙を拭って振り向くと、逆光の中に立つ人影が見えた。
「……あれ、お取り込み中?」
穏やかな声色の主は、足音もさせずにラボへと入ってきた。
青い体の持ち主は、マスクで表情が伺えない。
しかし透明感のある気配は、するりと私と曹長の間に割って入り、いつのまにか二人の間に立っていた。
「こんにちは。お話中にごめんね」
私に向かって言いながら微笑む。
曹長は相変わらず不機嫌そうに言った。
「あんたに暗証番号を教えた覚えはねーが」
「だってケロロくんが記憶消去装置もらって来いって言うから。教えてもらったんだ」
私の頭に気のいい笑みを浮かべる緑の顔が浮かぶ。
「ケロロ……軍曹!?」
「うん、きみ、ケロロくんの知り合い?」
「アサシントップが使いっ走りかよ」
曹長は私達の話に構わず、装置の蓋を閉じ、青いケロン人に手渡した。
「ありがとう」
「曹長!そちらには貸すんですか!」
「貸す?」
青い瞳がゆっくりとこちらを向いた。
「これは元々、ケロロくんのだよ。正確に言えば、僕らケロロ小隊の」
「そもそも、小型化だって新隊長からのご要望なんだ。内示の時点から仕事くれるとは、人使い荒いぜ」
私の頭の中を、色々なことがぐるぐると回った。
―――ケロロ小隊――クルル曹長――ギロロ伍長が同じ部隊―――
「……ケロロ小隊となるわけですか、皆さん」
「え?うん。僕はゼロロ兵長。こちらのクルル曹長とタママ二等兵、それにギロ……わぁっ」
話している途中のドロロ兵長から、小箱を奪い取った。
「きみ!」
「ケロロ軍曹にお伝えください。これはが借り受ける、と」
「……さん?」
「私にはその権利がある!」
私はエレベーターへ走った。
片手にしっかりと握っていた小箱を、胸の前で抱え直す。
「おい、待て!」
曹長の声が聞こえたが、エレベーターに乗り込み閉じるボタンを押した。
閉まりゆく扉の間には、向こうの方で青い瞳が、
静かな様子でじっとこちらを見つめているのが見えた。