■forget me:2
研究棟はいつものように、日の光を浴びて白い姿で立っていた。
周囲の建物とは少し離れた場所にあるそれは、どちらかと言えば軍の施設と言うよりも病院のようだ。
医療関連のメディカルセンターより人気が無いためか、その姿は余計に無機質に見えた。
私はその真っ白なビルを、ガラス張りのエレベーターで上がっていった。
中ほどの階で止まると、降りてすぐにロックされた扉がある。
私が暗証番号を入力すると扉が開いた。
建物の外観とは全く異質の、沢山のモニターやコードが絡み合う、薄暗い部屋が姿を見せる。
「か」
奥からすぐに声がかかった。私はそこにあった丸い椅子に座る。
担当官はよれよれの白衣を羽織り、私の前にある椅子に座った。
「遅かったじゃねぇか」
「寝坊しまして」
「よっぽど良い夢でも見てたんだろうなぁ」
喉から込み上げる笑いを噛み殺すように、担当官は笑った。
それが彼の癖なのだ。
「ずいぶん急なお呼びだしで」
「ああ、異動が決まってな。お前の担当は、下の階の奴らが引き継ぐ。帰りに顔を出しな」
「……異動ですか。どちらへ?」
「ペコポン」
私がわずかに目を見開くと、担当官の眼鏡にモニターの光が反射して、きらりと光った。
「ちょっとヘマして畑違いのココに飛ばされて、部屋もちょうど居心地良く改造できたところで
また飛ばされるってわけだ」
「……クルル曹長、まさか」
「ああ、お前さんのカレシと同じ小隊だ。仲良くなれそうだぜぇ」
「!!なぜそれを……」
「軍で俺様の知らねぇ情報はねぇよ」
曹長特有の笑い声が響いた。私が何も言えないでいると、曹長は立ち上がって私の義眼にペンライトを当てる。
「調子良さそうだな。相変わらず頭痛はあるか」
「……以前ほどではありません」
私は混乱する頭にくらくらしながら、やっとのことで答えた。
「まぁ、俺もこっち系は元々専門外だ。今後の面倒は下の奴らに任せれば間違いないだろ」
「……はい」
「不安はわかるぜ。お前さんの目は俺専用のオモチャだったからな。その分、無茶にも付き合わせちまったが」
「私もそれは承知の上でした」
曹長は過去に左遷され(理由は知らない)、この部署に飛ばされてすぐ、義眼に軍用のオプション
――動態視力の向上と夜間の視界向上――を付ける研究をさせられていたらしい。
片目を失明した私にその実験体の話が来て、協力を申し出たのだ。
「私の義眼がここまで使えるようになったのは、曹長のおかげです」
「まぁ、ある程度のモノにはなったな。資料は全部引き継ぐから心配ねぇよ。
ただし、今度無茶したら直せる奴はいねぇかもな〜」
私は黙って頷くと、周囲を改めて見回した。
「ここに来るのも、もう最後になりますね」
「名残惜しんでんじゃねーよ。ほかの奴らなんか泣いて逃げ出すクルルズラボだぜ」
曹長は嬉しそうに笑った。
「散々痛い目に合わせたのに、最後まで逃げ出さずに俺の研究に付き合った物好きなんか、お前さんだけだ」
「……それ、褒めてます?」
曹長は一瞬無言で固まったが、すぐにまた喉で笑いはじめた。
「、お前さん本当に変わってるぜ」
「曹長ほどでは」
一際高い笑い声がラボに響いた。