■Rookie loves cookies:3


ゲートの出口をわざわざ日向家玄関のあたりにして、家の外から庭へと回った。
案の定、赤いテントの前に先輩はいなかった。
忍び足で窓に近づくと、中から突然大声がして飛び上がった。

「だから、さっきから何なのよ!」

バクバクする心臓を押さえながら、リビングを覗き込む。
ソファに座るナッチーが、入口に立つギロロ先輩に向かって怒鳴っていた。

「言いたいことあるなら早く言ってよ。ドラマ終わっちゃったじゃない!」
「す、すまん……」

その様子を見て、思わず笑みがもれた。

(あの様子をムービーで撮って、タルルに送り付けてやるですぅ)

あまりの情けない姿に、タルルも失望するに違いない。
もしかしたらガルル中尉にも見られたりして、ギロロ先輩が怒られるかも……

(いい気味ですぅ)

携帯のカメラを動画モードに切り替えると、ギロロ先輩が映るように携帯を持った手を伸ばした。

「で、なに?」

ナッチーの顔は見えないけど、ギロロ先輩の表情で、どんな顔つきか手に取るようにわかった。
よっぽど冷たい視線を浴びているらしく、いつもの赤い顔が青ざめて、脂汗をかいている。

「夏美……よく聞いてくれ」
「だから聞くって言ってるでしょ。なんなのよ」

そこでギロロ先輩はすうっと息を吸った。
すると紫がかった顔色が元に戻って、目にも光が感じられた。
むしろ、的を射抜く矢のような鋭い眼光に、ナッチーの背筋が伸びたのがわかった。
見ているだけの自分も、硬直してしまう。

「夏美……。俺に、クッキーを焼いてくれないか!俺の為だけに!」
「…………へ?」

ナッチーは10秒ほど固まった後、突然お腹を抱えて笑い出した。

「あははは!なにそれ!」
「……夏美?」
「クッキー?あんたにだったら甘くないほうがいいわね」

軽やかに立ち上がると、キッチンへ歩いていく。
ギロロ先輩はそれを慌てて追い掛けた。
構えていた携帯のカメラも慌ててレンズの角度を変える。

「作ってくれるのか!?」
「ちょうどおやつに焼くつもりだった分が冷蔵庫にあるのよ。
 ココアとプレーンでマーブルにしようと思ってたけど、今回は特別にココアだけのビターなやつも焼いてあげる」

ナッチーは冷蔵庫から生地を取り出すと、ギロロ先輩に向かってウィンクした。

「いい?特別に、あんた専用だからね」
「俺……専用!」

ギロロ先輩は、金縛りにあったようにガッチガチになって、その場に棒立ちになった。
頭からは煙のように蒸気が立ちのぼっている。
それに気づかないのか、ナッチーは生地を伸ばしながら喋りはじめた。

「真剣な顔して何を言われるかと思ったら、クッキーだもんね。びっくりしたわ」
「驚かせたなら、謝る」
「違うの。なんか笑えてくるっていうか。あんな目で頼み事されたら誰でも断れないわ」
「肚を決めたからな」
「はら?」

ギロロ先輩はすっかり冷静になった様子で、しっかりと頷いた。

「戦場でも同じだ。肚を決めて行う行動には力が宿る。覚悟を決めた指揮官の一言で、士気が上がることもあるのだからな」
「ふうん。そういうの、よくわかんないけど。今のあんた、ちょっとかっこよかったわよ」
「……え?」
「まるで告白でもされるかって勢いだった」
「こっ、く、はく!?」

単語にならない言葉を発して、ギロロ先輩は火山のような蒸気を頭の上に打ち上げた。

「あんな目つきで言われたら、大抵の女の子はぐっと来ちゃうわね。……私もちょっと今、ドキッとしちゃったし」
「なに!?夏美!!お、おれと……」
「よし、これで準備できたわよ。お茶入れてあげるから、焼けるまで待ちましょ」
「あ、あぁ……」

ナッチーはがっくりと肩を落としたギロロ先輩をちらりと見ながら、二人分のマグカップを持ってソファに座った。
ギロロ先輩もとぼとぼと、向かいのソファへ移動する。

二人はしばらく無言のまま、お茶を啜っていた。
ナッチーも珍しく、テレビを付けようとする様子もない。
沈黙を埋めるように、クッキーの焼ける香ばしい匂いがただよってくる。

「ねぇ……ギロロ」
「なんだ」
「さっき……」

そこで言葉が止まる。
すっかり冷静に戻った様子の伍長さんが、カップから顔を上げた。
ナッチーは手元のお茶に視線を落としたまま続ける。

「変なこと言っちゃって、ごめん」
「なんのことだ」
「だから……告白みたいだった、とか」

伍長さんは噴き出しそうになったお茶を、すんでの所で飲み下した。

「な、なんだ。そんなこと、気にしていない」
「……でもさ、あの後あんた、何か言おうとしてた気がして」

ギロロ先輩はそれに答えず、ナッチーを見つめた。
そこでナッチーがちらりと目を上げて、二人の視線がぶつかった。

「何を言おうと……した…の……」

伍長さんの目は、さっきの眼光を宿していた。

「夏美。俺はお前に、それを告げてもいいのか」
「ギロロ……?」

ナッチーの目が潤んで揺れる。
ギロロ先輩は大きく息を吸ってから、口を開いた。


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