■Ringing the bell:6
「センパイが八つ当たりなんて、珍しいこともあったもんだなぁ」
ラボに入るなり、黄色い背中が言った。
どうせモニタリングしていたことはわかっていたので、
ギロロは何も言わずにベルトを差し出した。
クルルは振り返ってそれを受け取ると、立ち上がって奥から工具箱を持ってきた。
その場にあぐらをかいて座ると修理に取り掛かった。
ギロロはその正面に腰を下ろす。
幾つものモニターからの光りで、手元は十分に明るかった。
ギロロが画面の一つに目をやると、玄関に入って来る夏美と秋が見えた。
顔を上げてもいないのに、クルルはそれに気づいたようだ。
「もう帰ったのかい」
「なんでわかった」
「あんたの雰囲気だよ。一瞬緊張したろ」
目の前の男の意外な繊細さに感心しながら、ギロロは頷いた。
クルルは手を止めないまま口を開いた。
「記憶操作か何かして、留学のことだけ忘れさせてやろうか?」
「何を、馬鹿なことを」
「じゃあどうすんだよ」
「……」
「ペコポン人の記憶の部分的消去のデータも取れるしな、それくらいならいつでもやってやるぜぇ」
「遠慮する。卑怯なことはしたくない」
「そうかぁ、まぁいいけどよ」
クルルは肩を揺らして笑った。
しかし本当にどうしたものか。ギロロはため息をつくと、またモニターたちを見上げた。
すると、制服から私服に着替えた夏美の後ろ姿が見えた。
日向家のリビングのようだ。
そこから庭に続く窓を開ける。
「まさか……」
ギロロは思わず中腰になってモニターを見つめた。
夏美は庭を見渡したが、目当ての者がいなかったらしく、そのまま庭に降り立った。
「夏美っ!今は、今はまずい!」
ギロロは勢いよく立ち上がった。
しかしバランスを崩し、そのまま床へ倒れこむ。
クルルは口を押さえて笑うと、ベルトを差し出した。
「ほらよ、終わったぜ」
「お、恩に着る!」
ギロロは一瞬でベルトを装着すると、ラボを走り出た。
「おい修理代、ってもういねぇのかよ……ん?」
そこへひらひらと千円札が舞った。
「律儀なオッサンだぜ」
クルルはそれを拾うと、また湿っぽい笑い声を上げた。
その頃、夏美は庭に立ってギロロを探していた。
「ギロロ?いないの?」
それに答えるように風鈴が鳴った。
「あ、これ私があげたやつ」
近づいてちょんとつつく。短冊が揺れて涼しげな音がした。
あげてからずいぶん時間が経っているような気がするが、それは買ったばかりのようにぴかぴかだ。
「もしかして、武器みたく磨いてたりして」
その姿を思って微笑んだ。
そういえば、テントの中で武器の手入れでもしているのかもしれない。
そう思って夏美はテントの入口を開けた。
「ギロロー、いる?」
テントの主はやはり不在のようだったが、夏美は床に落ちていた紙に目を留めた。
思わず拾い上げると、それは写真のようだ。
「これ……私じゃない」
写真の中の夏美は少し色あせていたが、花のような微笑みで自分を見つめ返していた。