■Ringing the bell:2
その日の夜。
ギロロがネコに缶詰をやっていると、日向家の窓が開いた。
「ギロロ」
振り返ると夏美が顔を覗かせていた。逆光で表情が見えないが、声にはいつもの張りがない。
「どうした、夏美」
「ちょっといいかな」
「ああ」
庭履きのつっかけでギロロに近づくと、ネコは肉をくわえて去っていった。
夏美はランタンの明かりの下、ライフルを磨くギロロの隣に座る。
夏美はその手の動きを見つめたまま口を開かない。
それでもギロロは何事もないように磨きつづけた。
そして、思い付いたように言う。
「コーヒーでも飲むか?ホットしか無いが」
「……何も聞かないの?」
ようやく口を開いた夏美を横目でちらりと見る。
「何かあるなら自分から言うだろう」
「冷たいのね。そういうとこ」
ギロロは眉根を寄せたが、何も言わなかった。
夏美は空を見上げた。街中の空らしく、星たちが控え目に瞬いている。
「ギロロの星……ケロン星って遠い?」
「そうだな、すぐに帰れる距離ではない」
「帰りたいとか思わないの?」
「いや。年に一度は帰省しているしな」
「……そう」
明らかに肩を落とした夏美を見て、ギロロは慌てた。
「懐かしく思う時が無いわけではないぞ」
「帰りたくならない?途中で全部放り投げたくならない?」
「ならんな。ペコポン侵略は俺の任務。周りの期待もある」
「そっか」
夏美は詰まっていた息を吐き出すようにため息をついた。
ギロロは手に持っていた銃を脇に置いて、夏美を見た。
夏美は思い詰めたような目で見つめ返す。
「ギロロは、私がいないほうがいい?」
苦しげに言われた言葉とその表情に、ギロロの瞳は驚きで小さくなった。
「どういう……ことだ」
「私、一応地球最終防衛ラインでしょ?侵略の邪魔してばっかりだし。
私がいないとあんたたちの侵略、進んじゃうのかな」
あまりに真剣に見つめられ、答えに詰まった喉を震わせ咳ばらいをした。
「お前が侵略の妨げになっているのは間違いない。
しかしペコポンには、日向秋や西澤桃華の両親など、お前以外にも障害は山ほどあるのだ。
お前さえいなければ、と言うほど簡単な状況でもあるまい」
「そう……だよね」
夏美は安心したように息を吐いた。
ギロロは胸の中がざらついてくるのを感じた。
「どこかへ行くつもりなのか」
「……」
「お前がいないと、秋や冬樹は寂しがるだろう」
「……ギロロは」
夏美がギロロを見つめる。
「ギロロは、寂しいと思う?」
「な……つみ……?」
「ギロロ」
潤んだ瞳から、雫がこぼれ落ちた。と同時に、ギロロは腕を強く引かれてバランスを崩した。
顔が柔らかいものに当たり、しばらくしてそれが夏美の胸だとわかる。
「のわっ!!」
真っ赤になって湯気を出しているのもお構い無しに、夏美は苦しいほどにギロロを抱きしめた。
ギロロの帽子に涙が落ち、一瞬で蒸発する。
「は、はなせ……」
しかし夏美の手は緩まない。
朦朧とする意識の中で、先程の夏美の声が響いた。
『「ギロロは、寂しいと思う?」』
「な……つ、俺は」
「やっぱり言わないで」
最後に腕へありったけの力を込めると、ギロロは気を失った。
夏美はぐったりとしたギロロを優しく離す。
「ごめん、ギロロ」
ブロックに頭を乗せるように体を横たえると、立ち上がって背を向けた。
「聞くと、行けなくなるから」
夏美は一人つぶやくと、明かりの灯る家のほうへと戻って行った。