■Ringing the bell:1
夏休みも半ばを過ぎた、ある日のこと。
足元のネコがぴくり、と耳を立てると、西からの風が風鈴を鳴らした。
風上に目を向けると、潤んだように輝く太陽が雲間に溶けていた。
目を見張るような夕焼けにしばし見とれていると、背後でまた風鈴が澄んだ音をたてる。
「涼しくなってきたでござるな」
ドロロは、いつのまにか庭に立っていた。
夕陽を浴びて、いつもの青が色褪せて見える。
「ああ」
ヒグラシの鳴く声に、風鈴の音が重なった。
「風流でござる」
ドロロはそう言ってにっこりと笑った。
ギロロが夏美から貰った風鈴を下げてから、よくドロロが庭へ来るようになった。
サブローとの将棋の帰りであることもあったし、用も無いのに訪れることも少なくない。
大抵黙ってそこにいるだけで、しばらくするといつの間にかいなくなっている。
会話を交わすことは無くても、ギロロにとっては何故か心地よいひとときだった。
それが、今日はどうも様子が違ったらしい。
ドロロはゆらりゆらりと揺れる風鈴を見つめて呟いた。
「夏美殿は、いい子だよね」
突然何を言い出したのかと、ギロロは目を向ける。
そこにあった優しげな表情に、ここが幼い頃遊んだケロン星の空き地で、
幼いゼロロと一緒にいるような錯覚をした。
「突然なんだ。夏美がどうした?」
「いつも小雪殿と仲良くしてくれて、僕、嬉しいんだ」
一方的に懐いているような気もしたが、ギロロは黙っておいた。
「ほら、小雪殿って普通の人と違うところがあるから。
夏美殿は僕らの存在も認めてくれているし、まだ若いけど懐の深い人だよね」
「ああ」
そんなことは解っている、と心でつぶやいた。
だからこの俺が惚れたんだ。
「ギロロ君」
「なんだ」
すっかりゼロロに戻ったようなドロロが言う。
「夏美殿なら、きっと受け止めてくれるよ。ギロロ君の気持ち」
「……なっ!?」
言葉を失ったギロロの代わりに、風鈴がリーンと鳴いた。
「後悔の無いようにね」
言い終わった頃には、もうドロロの姿は消えていた。
人影の消えた庭に、風鈴の時々立てる音だけが響いていた。