■Beauty & Invador:9
暗闇の中、どこか遠くで、すすり泣く声がしていた。
聞き覚えのあるトーンに、全身の神経が逆立つ。
(夏美……!?)
どこにいるんだ、泣くな、と叫ぼうにも、ひりつく喉は空気を通すだけで、声を上げることができなかった。
歯がゆさで体を巡る全ての血が沸騰しそうなほどたぎる。
あいつを泣かせる奴は許さない。
(どこだ……)
闇の中で、ギロロはもう一度、枯れた喉を震わせて叫んだ。
「夏美ぃっ!!」
「……ギロロ?」
カッと目を開いたギロロを、少し離れた場所に座った夏美が振り返った。
その目が赤く潤んでいたのを見て、飛び起きようとした瞬間、腹部の引きつるような痛みに顔をしかめた。
夏美は椅子から立ち上がり、ギロロに歩み寄って声をかけた。
「うなされていたみたいだけど、大丈夫?」
「夢だったのか……」
「急に動いたら傷に響くわよ」
「そうか……火傷したんだったな。ドロロに手当てをされたのは覚えているが、俺はどれくらい寝ていたんだ」
「もう日が落ちたみたい」
夏美はベッドサイドの窓を指差した。
空はとっくに夕暮れを過ぎ、薄闇のベールが辺りを暗く覆っていた。
ギロロは自分がどれだけ寝ていたかを思い知り、舌打ちをする。
そこでふと気がついた。
「……何やら外が騒がしくないか」
ギロロは痛む体を引きずりながらベッドを降りて、窓を覗いた。
庭の方から聞こえる喚声に誘われ、視線を下に移すと、自分たちが綺麗にしたはずの庭には、たくさんの火が灯っていた。
「いや、ただの火じゃないな……あれは、松明!?」
炎を掲げた大勢の村人が、庭に押し寄せていた。
その大群の前方で、何かがきらりと光った。
庭を青い影が横切り、炎が散ってゆく。
ドロロが村人を傷付けないように、松明の先端だけを切り落としたようだった。
その光陰を横切るように、タママインパクトの閃光が人の群れを貫く。
ギロロはその様子を見ながら、鼻を鳴らした。
「冬樹をよこす代わりに、村を挙げて攻め込んで来たというわけか。ただの村人にしては、統制が取れているようだが……」
夏美はギロロに、先程のドロロの話を伝えた。
「では、あの村人は操られているというのか」
「黒幕の魔法使いは必ず近くにいるはずだけど、ボケガエルたちが見つけられるかどうか……」
「そうか。ドロロの奴、こうなると知って俺を眠らせたな。俺も出る」
ギロロは扉へ向かって歩きだしたが、その足取りはふらふらとして、床に敷かれた厚めのラグにつまづいて倒れそうになった。
夏美はとっさに手を伸ばし、その体を腕の中へ抱き留めた。
「あんたたちケロン人は火傷に弱いって、ドロロが言ってたわ。あんたは今、体の半分くらい火傷してるのよ。
安静にできるように、薬まで使って眠らせてくれたドロロの気持ちがわからないの?」
「夏美……しかし、俺だけここで寝ているわけにはいかん!」
「大丈夫。あんたにもここで、できることがあるわ」
夏美はギロロを抱いたまま立ち上がると、テーブルの側へ歩いて行った。
そこには、ガラスケースに入れられた桃の枝が、満開の花を付けていた。
「これはまさか、呪いを解く鍵になっている桃の花か」
「桃華ちゃんがポールさんにここへ持ってこさせたの。二人は今、桃華ちゃんの部屋で避難してるわ」
「これが何故、ここに」
「もちろん、呪いを解くためよ。あんたと、あたしでね」
夏美はギロロの瞳が極限まで小さくなったのを見た。
「お前……呪いを解く方法を、知っていて言っているのか」
「ええ、さっき聞いたの。呪いを解くには、この桃の花の前で……あ、愛し合う二人が、き、キス……しなきゃいけないんでしょ」
真っ赤な顔で、どもりながら話す言葉を聞いて、ギロロも赤くなった。
「おま……お前! 知ってて……!? 俺達にできるわけがないだろう!」
夏美は腕の中で暴れるギロロを、傷に触らないように気遣いながらしっかりと抱きしめた。
そしてギロロが抵抗するのを諦めたと見るや、その瞳をしっかり見据えて言った。
「たしかに、愛し合う二人……っていうわけじゃないわ。
でも、自分を犠牲にしてまで私を守ってくれたあんたを見て、胸が苦しかった。ドキドキした。
そんな私たちを見ていた桃華ちゃんが、私たちなら、呪いを解けるんじゃないかって」
「し、しかし、当初は桃華と冬樹にこの役目をさせるはずだったんだ」
「冬樹は今、行方不明なのよ。城の呪いを解くほどの大きな力なら、きっと村の人たちの洗脳も解いてくれる。
今すぐ呪いが解ければ、ボケガエルたちの助けになるわ」
「だが……」
「私とじゃ、そんなに……いや?」
「そんなことはない!」
「だったら……ギロロは私のこと、どう思ってるの」
「夏美……!」
その時、見つめ合う二人の間に影がさした。
「ラブシーンはそこまでだ!」
発砲音がして、二人はとっさに左右へ離れた。
窓を見れば、すっぽりとローブを被った魔導師風の男が、窓枠に片足をかけて二人に銃口を向けていた。