■Beauty & Invador:8
ベッドサイドに座った夏美は、ドロロが包帯を巻くのをじっと見ていた。
その両手は座った膝の上で、固く握り締められていた。
ギロロの意識ははっきりしていたが、痛みに耐えるように固く結んだ口元からは、時折低い声が漏れる。
夏美は恐る恐る声をかけた。
「ギロロ、痛む?」
「大したことはない。それより、こんなところじゃ落ち着かん。俺のテントに移せ」
運び込まれた夏美の部屋をきょろきょろと見回して、落ち着かない様子のギロロを、ドロロがたしなめた。
「固い寝床では傷に障る。しばらくはここで安静にするでござるよ。あとはこれを飲めば、すぐに良くなるでござる」
「すまんな、ドロロ。戻って早々に手間をかけた。今まであの狩人女に付いていたんだろう。
村の様子はどうだった。冬樹はこちらに向かっているのか」
それを聞いた夏美の体がこわばった。
ドロロは丸薬を飲ませながら、ちらりと夏美を見た後、ギロロに向かって微笑んだ。
「それについては、後で話すでござる」
「なに、どうかした……の…か……」
ギロロは、言葉の途中で目を閉じるとベッドに沈み込むように倒れてしまった。
「ギロロ!?」
「薬で眠っただけござるよ。しばらくは安静にするのが肝要」
ドロロはそう言って、ギロロに布団をかけてやった。
「常人なら半日は目覚めない薬でござる。ギロロくんはきっと、戦闘になると無理してしまうから……眠っているほうがいい」
「どういうこと?」
ドロロは答えなかった。
しばらくすると、夏美の部屋の扉が開いて、ケロロとタママ、桃華とポールが飛び込んできた。
どたどたと全員がベッドへ駆けてくる。
「夏美殿、ギロロが怪我したって本当でありますか!?」
「うん……」
「軽い火傷でござったが、範囲が広い。薬を塗って、安静にするために拙者の秘薬で眠ってもらったところでござる」
「あ、ドロロ帰って来てたの?」
「……ケロロくぅん」
涙目になるドロロを見て、ケロロは慌てて両手を振った。
「わぁ〜ストップストップ! トラウマスイッチ入れてもいーけど状況報告してからであります!」
「軍曹さん、なにげにひどいこと言ってるですぅ……」
タママのつぶやきに傷をえぐられながらも、ドロロはぐっとこらえて話を始めた。
「拙者はあの狩人……小雪殿を森の出口まで送った後、密かに村まで追って様子を見ていたのでござる。
そこで小雪殿は、村の男たちに何やら話をし、集会場に人を集め、この城を攻める企てをしている様子でござった」
「城を……攻める!?」
桃華のつぶやきは、ケロロの笑い声でかき消された。
「ゲーロゲロゲロ。そんなの想定の範囲内。村人程度、我々で撃退するのはたやすいことであります。
結局は、冬樹殿がここまで来ればいーの」
「それが、そう上手くは運ばない様子」
ドロロの話を遮るように、夏美が突然立ち上がった。
「冬樹は……来ないわ」
全員の視線が集まる。
夏美は何度か口を開きかけたあと、意を決したように目を閉じ、勢いよく頭を下げた。
「桃華ちゃん、みんな……ごめんなさい!
小雪ちゃんは、冬樹を連れて来るかわりに村の人を連れて、私を取り戻すつもりなの。
私、知ってたのに、言い出せなくて」
「夏美さん……」
桃華は夏美へ歩み寄ると、今にも泣き出しそうに震える肩へ、手を置いた。
「顔をあげて下さい。あのような強引なやり方をした、わたくしたちがいけないのです。どうかお気になさらないで下さい」
「しかし、それだけなら拙者が無理にでも、冬樹殿をお連れすれば済んだ事」
今度はドロロに視線が集まった。
「ドロロくん、それどういうことでありますか?」
「拙者、くまなくお探ししたが、あの村に冬樹殿とおぼしき男性はおられない様子。
そればかりか、集会場にいたはずの小雪殿も、いつのまにか姿を消していたのでござる」
「冬樹と小雪ちゃんが!?」
ドロロは驚く夏美に頷いてみせた。
「そして村人たちは、何かに憑かれたような顔つきで、この城目指して先程村を出立し申した。
問題は、村人たちからこの城と同じ邪気が感じられたことでござる」
それを聞いてよろめいた桃華を、夏美が慌てて支えた。
「ドロロさん、それはもしかして、この城に呪いをかけた魔法使いの仕業なのでは」
「……拙者はそう思い、こうして馳せ参じた次第にござる」
「でも、そんなやつ、今さら何のために来るっていうんですかぁ」
タママの疑問に全員が沈黙したが、それを破ったのはケロロだった。
「目的なんぞどーでもいい!これぞ、飛んで火に入るナイチンゲール、であります!」
「軍曹さん……?」
ケロロはここぞとばかりにソファに飛び乗り、緑の拳を振り上げた。
「よーするに、そいつ倒しちゃえば城の呪いも解けるし、村人も正気に戻る!
冬樹殿と小雪殿の居場所も、どーせそいつが知ってるであります」
「さっすが軍曹さん、一石二鳥の凄い作戦ですぅ!」
「そう、上手く事が運べばよろしいが」
ドロロは小さくつぶやいたが、ケロロの耳には届かなかったようだった。
「ドロロ兵長、村人の到着予定は?」
「森に術をかけてきたゆえ、適度に迷うとしても……日没前後でござろうか」
「了解、そんじゃとりあえず、只今よりブリーフィングを始める!小隊全員集合!」
「もう集まってますけどぉ」
ケロロはドロロとタママ相手に、村人迎撃作戦を語り始めていた。
夏美は隣で呆然と立っていた桃華に気付き、自分の座っていた椅子に座らせた。
いつのまにかポールも桃華の背後を守るように立っていた。
「……お嬢様」
「大丈夫です、ポール。夏美さん、ありがとうございます。取り乱してしまってすみません」
「いいえ……」
夏美は夏美で、このような事態を招いたきっかけは自分にあるような気がしていた。
「ごめんね、桃華ちゃん。私がこの城に来なければよかったのかもしれない」
「夏美さん……。でも、ケロロさんたちのおっしゃる通り、これはチャンスかもしれません」
「ええ……でも、そんな凄い魔法使いに、あいつらで勝てるのかしら。ギロロも怪我しちゃってるし」
私のせいで―――とギロロを見遣る夏美の、密かに握られた拳に、桃華の手が重なった。
とっさに桃華へ顔を向ければ、意志の強い瞳に視線がぶつかった。
「夏美さん、責任を感じられているのでしたら、今、ご自分にできることをやりませんか」
「私にできること?何かあるかしら……」
「冬樹くんが行方不明になってしまった今、夏美さんと……そして、ギロロさんにしかできないことです」
「私と、ギロロが?」
夏美は目を閉じたギロロにもう一度目を向けた。
自分を守ってくれた、小さいけど頼れる男。
ギロロとなら、何でもできる気がした。
「教えて、桃華ちゃん。私たちに何ができるのか」
「……夏美さんを巻き込むことになってしまいますが、覚悟はよろしいですか」
「今さら!もう巻き込まれてるわよ」
「では、今からお話します。この城の呪いを解く方法を」
夏美は驚きで目を見開いたが、下唇を噛むと、桃華の目を見て強く頷いた。