■Beauty & Invador:7
ポールの出してくれたツナギに着替え、大きなスコップを持つと、夏美は庭に降り立った。
通用口から出ると、ギロロが何やら大きな機械を背負って、庭に立っている。
その目は広がる茨を見ていた。
「何ぼーっとしてるの。始めるわよ」
ギロロは背後に立った夏美をちらりと振り返った。
「遅い」
「着替えてたの!」
「……フン、まあいい」
その赤い小さな手には、大ぶりな銃のようなものが握られていた。それはパイプで背中の機械に繋がっているようだ。
「今回の『茨掃討作戦』の指揮は俺が取る。いいな」
「はいはい」
夏美は呆れて頷いた。
「それでは作戦の説明に入る。
呪いか何か知らないが、この植物はとにかく再生速度が早い。
切ってしまえばその断面から根を伸ばして根付いてしまうんだ。見ていろ」
ギロロは手元にビームサーベルを転送させ、足元の茨を一本切断した。
するとその切り口から細く白い根が伸びて、落ちた地面に根を張ってしまった。
「なにこれ……!」
「ものすごく生命力のある植物らしい。消滅させるにはこうやって焼き払うしかない」
手元の銃を構え、ギロロがトリガーを引くと、銃口から大量の炎が噴射された。
その熱さで夏美はとっさに後ろへ下がる。
「やるなら言ってよ!」
「黙って見ていろ。2時の方向だ」
ギロロが炎を止めると、炭化した茨がいまだ炎をまといながらも扇方に墨色の絨毯となって広がっていた。
目を凝らすと、まだ燃えくすぶる炭状の茨の中からひとつの芽が飛び出し、それが一瞬で太い茎になって
ぞわぞわと増殖を続け、ものの5秒ほどで焼け野原は元の茨の園に戻ってしまった。
「なによこれ、こんなの無理ぃ!」
「泣き言を言うな。一番最初に発芽したのが種苗と呼ばれる部分だ。
火炎放射機のエネルギーには限りがある。一旦焼き払って、種苗の場所を確認し、
急いでそこまで行って、また茎を伸ばされる前に掘り起こすのがベストだ」
「こんなに早いのに、確認なんてできないわよ」
唇を尖らせる夏美に、ギロロは何かを放り投げた。
キャッチしてみると、それは大きな透明のゴーグルのようだ。
「耐熱ゴーグルだ。俺が炎で茨を焼く。火炎放射が終わった瞬間にお前が確認し、駆け寄って除去。
そのスコップで根元から堀ってしまうのが良いだろう。以上が今回の作戦だ」
「あんたは火炎放射してるだけ? なんか私ばっかり」
「この庭掃除は、お前が言い出したんじゃなかったか」
「う……」
「きっかり10秒間焼射する。ポールには耐熱のツナギとブーツを用意させたが、火傷には気をつけろ」
そう言ってギロロは銃を構えてしまい、夏美は仕方なくゴーグルをかけて、前方を見た。
確か、さっき見た様子では、斜め右前方あたりだったはずだ。夏美はスコップを握り締めた。
「いくぞ!」
火炎放射が始まり、夏美は心の中で10を数えた。
1…2…3…4…5…6…7…8…9…10!
炎の去った庭に目を凝らす。やはり右のほうに芽が出るのを見つけた。
「そこだ!」
ギロロが言うよりも早く、夏美は走り出していた。焼け残る茨を踏みつけて、スコップを振りかざす。
「えい!」
芽の脇に先端を入れると、蹴るようにして深くまで押し込み、ぐっと持ち上げて土ごとギロロの方へ放り投げた。
その芽は瞬時に茎を伸ばしたが、ギロロが空中で放射した火炎に周囲の土ごと焼かれ、ぽとりと落ちた。
夏美は身をこわばらせたが、焼けた土からそれ以上、茨が出てくることはなかった。
「なるほど。これで一個処理ってことね。何個あるのかしら……」
「わからん。昼までに終わらせるぞ」
「りょーかい」
夏美とギロロは何度も組んだことがあると思えるようなコンビネーションで、次々と茨を絶やしていった。
そして、広い庭を覆い尽くしていた茨も、残りわずかとなっていた。
太陽は中天まで上がってきていた。
「ちょうどもうすぐお昼ね」
「おそらくこれが最後だな」
二人は、中央の門の前、一対の噴水の間に広がる茨の絨毯の前で構えていた。
互いに煤けた顔を見て、笑顔になる。
「すごい顔してるわよ、あんた」
「お前こそ、煤だらけだ」
「ごはんの前にお風呂入らなきゃ」
「まだ終わったわけじゃない。気を抜くなよ」
ギロロは銃を構え、火炎放射を開始した。
きっかり10秒数え、芽の出る位置を確認した夏美はスコップを持って走り出す。
今までよりも燃え残りが多く、地面はまだ多くの炎に覆われていたが、
発芽点を見つけた夏美の足は止まらなかった。
「待て、夏美!まだ炎が多すぎる」
ギロロはとっさに声をかけたが、耐熱服と耐熱ブーツをまとった夏美は、その声を気にすることもなかった。
しかしその瞬間、生えかけていた芽が一瞬で太い茎となり、夏美の足をめがけて一直線に伸びた。
素早い動きで巻きついて、夏美は走っていた勢いもあり、体勢を崩した。
「きゃあ!」
夏美はまだ燃えた茨が残る地面が、炎ごと顔に近づいてくるのを見て、思わず目を閉じた。
「夏美ぃっ!」
地面に着く前に、何かが夏美にぶつかって、大きく弾き飛ばされた。
安全な地面に手を付き、起き上がると、目を開く。
夏美が倒れるはずだった場所に、ギロロが倒れていた。
その手に握られたビームサーベルは、夏美の足を捕らえていた茨ごと、地面をえぐって消滅させていた。
「ギロロ!」
とっさに駆け寄り、抱きおこすと、ギロロの体はベルトの覆っていた場所以外、
まだらに赤く火傷のようになってしまっていた。
「ひどい……!私のために……」
「ぐ……しくじったか」
「早く!早く手当てしないと」
「こんなもの……すぐに治る。それより……」
夏美の手の中で、ギロロは朦朧とした表情で夏美を見上げた。
「お前が、無事でよかった……」
「……!」
その言葉を最後に、ギロロは気を失った。
心底ほっとしたような笑顔に、夏美の心臓がどくんと波打つ。
夏美は頭を振って立ち上がると、ギロロを抱え、走り出していた。