■Beauty & Invador:6
用意された部屋から始まり、夏美に対する扱いは、客人と呼べるほどに丁重なものだった。
翌日の朝、ローブの代わりに用意された服は、桃華のドレスのようだった。
しかし夏美はそれを断り、部屋のクロゼットにあったゆったりとしたワンピースを選んだ。
本当はドレスを着てみたかったが、胸元がきつそうだったので、遠慮したのだ。
呼びに来たタママに言われたように、下へ降りて廊下を進み、左手へ出ると、
広い部屋に10人は余裕で着けそうなほどの大きなテーブルがあり、二人分の食事が用意されていた。
テーブルの奥に座った桃華が、にっこりと微笑む。
「おはようございます、夏美さん」
「おはよ……桃華ちゃん」
桃華の向かいに座ろうとすると、銀髪の執事がイスを押してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「執事のポールです。何かありましたら何なりと言いつけて下さいね」
ポールは会釈だけして下がった。
夏美は小さな声でいただきます、と言うと、目の前のスクランブルエッグを口に入れた。
「おいしい!」
「ポールはお料理も上手なんですよ」
「お料理もポールさんがするのね」
「ここには私と彼しかいませんから」
「こんな広いお城なのに」
夏美の言葉に、桃華は力なく笑う。
脇に控えていたポールが一歩、前へ出た。
「ご存知と思いますが、このお城は呪われてしまっているので。
そのようなお城で働こうと思う物好きは、このポールくらいでございます」
「そういえば、冬樹もこの城は呪われてるって言ってたわ。この綺麗なお城がどうして?」
桃華はナイフとフォークをそっと置いて、静かに語り始めた。
一年前、薄汚れた旅人が城を訪ねて来た。
宿が無いので泊めて欲しいと言う男を、桃華は丁重にもてなした。
しかしそれで調子に乗ったのか、男は将来の結婚相手にと桃華にせまったのだという。
「そして……その……殴り飛ばしてしまって」
「え……殴り……?」
桃華は真っ赤になってうつむいた。
話の続きををポールが引き継いだ。
「そしてその男が悪い魔法を使う者だったらしく、去り際に呪いをかけて行ったのでございます。
この城の者は、一年後には石になってしまう……と」
「そんな!呪いを解く方法はないの!?」
「あるのですが……それを夏美さんに言ってしまうと、夏美さんもその呪いを受けることになってしまうのです。」
夏美は言葉を続けられず、いつのまにか前のめりになっていた身体を、背もたれに預けた。
それを見た桃華は、ポールと視線を交わして頷きあうと、意を決したように口を開いた。
「その方法をお教えすることはできません。しかし、その目的には、どうしても冬樹くんが必要なんです」
「冬樹が!? どうして……」
「本当にごめんなさい。でも、冬樹くんを危険な目に遭わせたりすることは絶対ないんです!
ですから、夏美さん……あなたを人質のようにして、冬樹くんを呼び寄せたこと、許して頂けませんか」
その真剣な眼差しに、夏美は言葉が出なかった。
かなり強引な方法に、納得がいかないのは確かだ。
しかし、こうして桃華の境遇や思いを聞いて、突っぱねることもできなかった。
「大変な事情があってのことだっていうのはわかったわ。
だけど、私を人質にしたからって、冬樹が来るとは限らないわよ」
「いいえ、あのお優しい冬樹くんですもの。お姉さんのためなら、きっと来て下さいます」
冬樹といつ知り合ったのか、桃華に聞こうと口を開きかけて、夏美は昨夜のことを思い出した。
小雪は、夏美を助けるために一度戻っただけで、冬樹を連れてくる気はないはずだ。
桃華の言う、呪いの話は気の毒だが、今さら小雪に冬樹を連れて来るよう、伝えるすべも無い。
冬樹はきっと来る、と言い切る桃華に何も言えず、夏美は話題を変えた。
「そういえば、ここのお城はきれいだけど、広いからお掃除も大変そうよね。ポールさんがお掃除を?」
「いえ、私ではございません。ケロロ殿が来てから、掃除・洗濯などはケロロ殿にお願いしております」
「あのボケガエルが!?」
「はい。ケロロ殿たちには、この城の呪いを解くお手伝いをして頂く条件で、この城に滞在して頂いております。
その時が来るまでは、居候も同然。働いて頂くのは当然の道理かと」
しれっと言ってのけるポールに、夏美は乾いた笑いを返した。きっとこき使われているに違いない。
「でも、お庭は荒れたままよね。あいつにやらせていないの?」
「いえ、実は庭にある茨は、呪いをかけた魔法使いの置き土産。
抜いても切ってもすぐに元通りになってしまう、魔法の茨なのです。
種苗が何箇所かあるらしく、それを抜けば良いのですが、その場所もわからないのです」
「じゃあ、その種苗ってのを見つければ良いのね。私にやらせてくれない?」
笑顔で言う夏美に、桃華は目を丸くした。
「夏美さんが、ですか」
「できるかわからないけど。私も今は居候みたいなもんだし、つかまっているだけじゃ暇だし。
何かやらせて欲しいのよ。私、こう見えて庭掃除とか得意なのよ」
困惑する桃華とポールに強くせまっていると、夏美の背後で扉が突然開いた。
「だめだ。捕虜を庭に出すなど。逃げて下さいと言っているようなものだ」
そこには、腕を組んだギロロが仁王立ちで立っていた。
突然の侵入者を、夏美は力いっぱい睨みつけた。
「突然入ってきて何よ」
「お前の監視は俺の仕事だ。そう簡単に逃がすわけにはいかん」
「そんなこと考えてないわ。手伝いたいって言ってるの!」
「どうだか。本当はこいつらを上手く騙したつもりだったんじゃないのか」
「違うわ!」
二人はしばらく睨みあっていたが、二人の間に白い手袋がすっと割って入った。
「お二人とも。このポールに提案がございます」
「……言ってみろ」
夏美から目を離さないまま、ギロロがつぶやくと、ポールが髭の下で笑った気配がした。
「夏美さんのご提案は、私共にとっては非常にありがたいことでございます。
しかし、ギロロ殿の言うことも一理あるようです。
なので、ここは一つ、お二人でお庭を見て頂くというのはどうでしょうか」
「「はぁ!? なんでこいつと?」」
二人の声が重なって、二人は互いに目をそらした。
「そうすれば、夏美さんはお庭掃除をして頂ける。ギロロ殿にはその見張りをしながらお手伝いして頂きます。
お二人で作業すれば、呪いの茨もなんとかなるやもしれません。我々にとっては願ってもないことなのですが」
「悪いが俺はお断りだ! こんな跳ねっ返り、あの塔に閉じ込めておけばいいんだ」
「お言葉ですがギロロ殿」
ポールがずいとギロロに迫る。
「ケロロ殿は毎日、サボりながらもこの城のために働いておいでです。
ギロロ殿の今のお仕事は、夏美さんの監視ではないのですか。
自分は監視対象を閉じ込めて楽をして、隊長ばかり働かせる。
それでよろしいのですか。これでは、あなたはただの居候……」
「だぁーっ、わかった! わかったからそれ顔を近づけるな!」
今にもくっつきそうなポールの顔を押しのけて、ギロロが叫んだ。
「夏美さんも、よろしいですかな」
「仕方ないわ。一応捕らわれの身だもの。言うこと聞くわよ」
「それは良かった。では朝食後、さっそくお願い致します」
肩をいからせて出て行くギロロに、べーっと舌を出すと、夏美は再度席について、
朝食の続きを急いで食べ始めた。