■Beauty & Invador:10


男は銃を握ったまま窓から床へ降り立つと、薄ら笑いを浮かべ、ゆっくりと歩きだした。

「お前が悪い魔法使いとやらか」

ギロロの声に、男はにやけながら答えた。

「んー、この話の設定上はそうだなぁ」

「設定上……?」

「わかんなくていいぜ。俺はこのプログラムをハッキングしているウィルスだ。
 お前らの仲間の黄色い奴が頑張っちゃってるから、こうして出て来たってわけ」

「何のことかわからんが、クルルが何かしたと言うのか?ずっと姿が見えんが、あいつはどこにいる!?」

銃声がして、怒鳴ったギロロの頭を銃弾が掠めた。

「ギロロ!」

「大丈夫だ!」

「うるせーから黙ってろ」

男は夏美とギロロの間まで歩き、目の前のテーブルにあるガラスケースに手を置いた。

「必死にアタックかけられてるおかげで、プログラムの改竄も自由にできなくなっちまった。
 俺のプロテクトが破られるのも時間の問題だ。そうなる前に、フラグ折っとこうと思ってよ」

ガラスに手をかけたまま、今度は夏美の方を見遣った。

「何言ってっかわかんねぇだろうな、お嬢ちゃん。この花がエンディングへのフラグってのは調べがついてんだよ。
 俺がこいつを壊すとどうなると思う」

「やめて!」

「そう、呪いは解けず、一生エンディングは来ねぇ。お前らの通信参謀がなんとかするだろうが、多少時間はかかるだろ。
 その間に俺らが現実の地球を侵略しちまうって寸法さ」

「貴様、敵性宇宙人か!」

「今頃気づいたのかよ、オッサン」

男は笑いながら、ガラスケースの上で拳を振り上げた。

「やめて!」

「おっと動くなよ。オッサンも、武器を転送しようなんて思うな。その瞬間この女を撃つぜ」

銃口が夏美に向けられ、身動きが取れない。ギロロはギリギリと奥歯を噛み締めた。

「ギロロ、私はいいからこいつを止めて!」

「うるせーんだよ、これで終わりだ!」

男が拳を振り下ろした瞬間、銃声が鳴った。

「……ん、だと?」

男は銃を床に落とすと、その場に倒れた。
その手と胸はビームライフルで撃たれたように、焼け焦げていた。

「ギロロ!」

「馬鹿な……あの一瞬で、ニ発も……」

ギロロは手にしたビームライフルの丸い銃口を下げた。

「人質が取られていようと、武器の転送、発砲含め、敵の感覚より早く動ければ問題ない」

「ち……く、しょ……」

男が仰向けに倒れたのを見て、夏美がギロロへ駆け寄った。

「ギロロ!」

「すまん。怖い思いをさせた」

夏美はギロロを抱きしめながら、首を左右に振った。

「そんなことない……ギロロならなんとかしてくれるって、信じてたから」

「夏美……」

「ギロロ……」

二人は視線を絡ませ、どちらからともなく目を閉じた。顔の距離がゆっくりと縮まっていく。

―――パンッ

二人の唇が重なる前に、渇いた音が響いた。
がちゃん、と何かが割れる音が続いて、二人はテーブルを振り返る。
そこにはケースが割れ、真ん中を打ち抜かれた枝が転がっていた。

「へ……へへ……やってやったぜ……」

男は床に背をつけたまま、銃を握っていた手を下ろすと、今度こそ意識を失った。

「こいつ……なんてことを!」

「ギロロ、お花が!どうしよう……」

花を見れば、枝の下の方に残っていた花も、だんだんと萎れていく。

「まだ、完全に枯れていないのか!?」

「ギロロ!!」

夏美は叫び、振り向いたギロロの顔を両手で掴むと、力いっぱい引き寄せた。
ギロロが目を閉じる間もなく二人の唇がぶつかる。

「…………!」

あまりのことにフリーズしているギロロをよそに、夏美はしばらくしてからギロロを放すと、テーブルの花に飛び付いた。

「どう!? 間に合った!?」

しかし、最後に残った花もゆっくりと枯れていくばかりで、一向に何も起こる気配が無かった。

「そんな……」

夏美はその場に座り込んでしまった。

「ダメだったか」

ふらふらする頭を支えながら、ギロロが夏美の肩ごしに花を見て言った。

「俺の不注意だった。すまん」

「ギロロのせいじゃないわ。それより、さっきは強引に……ごめんなさい」

「あ、その、なんだ……気にしないでいい」

ギロロは真っ赤になって、目を逸らした。

「私ったら、急がなきゃと思ったら、気が動転しちゃって……無理矢理ごめん」

ギロロは赤い顔のまま、横を向いたきり何も答えなかった。
夏美は苦笑し、床に視線を落とした。

「そう……だよね、私なんかと……嫌だったよね」

「なっ、夏美、それは違う! ただ俺は、何と言えばいいのか……」

「あはは、いいのいいの! 無理しないで。お互いこのことは忘れましょ」

絞り出したような笑い声が虚しく響く。
ギロロは立ち上がると夏美に歩み寄り、灰色がかった目でまっすぐに夏美を見つめた。

「な、なによ」

「お前は忘れるというのか」

「えっ……」

「絶対に……忘れられないようにしてやる」

ギロロの瞳孔が極限まで小さくなり、戦闘時のように銀色に輝いた。
座っていた夏美の頭にギロロの両手が回されて、夏美が思わず目を閉じると、ギロロの唇が、柔らかに夏美のそれに触れた。

(ギロロ……!)

初めは優しかった感触も、これでは足りないと言わんばかりに力強くなっていく。
夏美は自分の頭が熱に浮かされたように霞んでいくのを感じた。
胸の鼓動も、ギロロに聞こえてしまうのではないかと思うくらいに激しくなっていた。
夏美の手も自然にギロロの体に回され、二人は一度顔を離して見つめ合うと、
またお互いに目を閉じて唇を合わせた。
二人の脇で、最後の花も枯れていき、とうとう最後の花びらがひらりと落ちた。

その時だった。
背後からキラキラといった音がして、ギロロが振り返ると、全ての花が落ちてしまった枝が金色に輝いていた。

「夏美!」

「ギロロ!あれ……」

光はどんどん大きくなり、部屋いっぱいを照らすほどになった。
もはや目を開けていられず、二人は抱き合ったまま目を閉じた。


前のページ    次のページ


G66×723 に戻る
NOVEL に戻る
TOPに戻る