■Beauty & Invador:2
薄暗い空間を、複数のモニターが青白く照らしている。
めまぐるしく動く手を、黄色い背中越しに見ながら、サブローは手にした薄い本のページを繰った。
「久しぶりに呼び出されたから、どんな面白い話かと思えば。これ、絵本?」
「あぁ、そーだ。お前さんもペコポン人なら知ってる話だろ?」
それは、町娘だった主人公が、呪われた城の王子の呪いを解き、結ばれるというもの。
……だったはずだが、サブローの記憶とは少し内容が違うようだ。
なにせ、侵略宇宙人が出てくるようになっているのだ。
「知ってるよ。映画で有名な話だからね。……俺の知ってる話とは、ちょっと違うみたいだけど」
「俺様流にアレンジ入れてるからなぁ」
会話をしながらも、キーを叩くスピードは少しも緩まない。
「なーに、珍しくマジメじゃん」
「まぁな。俺様一人でもできるんだが、ヒマなお前にもたまには手伝わしてやろうと思ってよ」
軽い口ぶりだが、クルルが自分を頼ってくるなど、滅多にないことだ。
サブローはすうっと息を吸うと、覚悟を決めたように吐き出した。
「それで呼んだってわけか。なんなの今回は」
「めんどくせーから、これでも見とけ」
クルルがパネルを操作すると、モニターの一つに録画してあった画像が映し出された。
* * * * *
そこは今二人がいる、クルルズラボのようだった。
しかしクルルはモニターに向かっているのではなく、壁際のほうでカメラに背を向けている。
どうやら、大きな鍋をかき混ぜているようだった。
そこに、緑色の小さな人影が近づいた。
「ねぇクルルぅー、これ、読んでみて欲しいんでありますが」
「あぁん?してほしいことがあるなら理由を言いな。俺は忙しーんだよ」
「カレー作ってるだけのくせにぃ!新しい作戦の話でありますよっ」
クルルは寸胴の乗ったコンロの火を止めると、おたまを離して振り返った。
「ちっ、わかったよ。貸してみな。……ってこれ、ガキ向けの絵本じゃねーか」
「夏美殿の部屋にあったんであります。これが一番お気に入りの話なんだって〜。
そこで、我輩閃いちゃったんでありますよ!」
クルルが無言でページをめくっていると、ケロロは一人で目を輝かせながら続けた。
「名づけて、『夏美殿お姫様大作戦!』訓練ルームのバーチャルシステムなら、仮想空間も作れるっしょ?
で、このお話の空間を作って、夏美殿をお姫様としてそこへ投入!
お姫様気分を味わって有頂天!なところを狙って、その隙に侵略しちゃうでありますよ」
ゲロゲロと笑うケロロの声は、すぐにぶつりと途切れた。
* * * * *
モニターを切ったクルルに、サブローは視線を向けた。
「こーゆーわけで、この作戦が始まったんだが、どうもバーチャルの調子が悪くてな。
どうやら敵性宇宙人のウィルスが入り込んでいたらしい。
俺様のプロテクト突破してくるなんざ、相当のモンだぜ」
「んで、どんなふうにトラブってんの」
「……ニョロで拘束した夏美を仮想空間に投入後、すぐに記憶の錯乱が見られた」
「記憶の……錯乱!?」
青白いモニターに照らされたクルルの顔が、サブローには心なしか青ざめて見えた。
「そんな大層なモンじゃねぇ。ただ、“なりきっちまってる”のさ」
「お姫様に?」
「ああ、正確に言えば、まだ姫じゃねぇけどな。自分を登場人物だと思い込んでる。
自分がペコポンで学校に通っている中学生だってことはすっかり忘れてな」
「それって……戻るのか?システムの強制終了は?」
「何度試しても強制終了は弾かれてる。ウィルスのせいだろ。
ウィルスを見つけ出して、ぶっ叩いて強制終了するか。話を進めて正常終了するか。
とにかくこのシステムを終了すれば、全て元に戻るはずだ」
「じゃあ、とにかく話を進めちゃえばいいじゃん。そのために俺が中に入れってこと?」
「いーや」
クルルがさらにキーを叩くと、先ほどのモニターに新たな画像が映し出された。
「話を進めるために送り込んだ隊長や先輩たちも……さらに冬樹や西澤桃華、忍者娘も、
日向夏美とおんなじ状態になっちまった」
『ゲーロゲロゲロ!この城は我々が侵略の拠点として頂くであります!』
城のエントランスホールで、赤絨毯の上に仁王立ちしているのは、もちろん緑色の男だ。
「……えーっと、で、俺は何すれば?」
「話の進行は隊長たちに任せて、とにかくウィルスを探し出す」
「りょーかい!」
静かだったラボが、クルルの指示とキータッチの音で、にわかに騒がしくなってきた。