■夕立ち:後日談
あの夕立ちの翌日。テントの横には、赤・ピンク・黒の傘が広げられていた。
赤とピンクは夏美、黒は冬樹のだろう。
午前中から干してあったそれは、とっくに乾いていた。
そういえば、日がずいぶん延びた。
そんなことを思っていると、夏美が学校から帰宅した。
普通は玄関に向かうのに、足音は珍しく庭に向かっている。
俺は自分の背中がこわばるのを感じた。
「ギーロロ」
「な、なんだ」
ゆっくり振り向くと、夏美が両手に大きな缶をぶら下げている。
俺の前にそれを置くと、ずいぶん重量感のある音がした。
「ふー、重かった!」
「なんだこれは」
なんとなく、揮発物のような匂いがする。
「へへー。ペンキよ」
「は?」
「文化祭で使うのに、余ってたの借りてきたんだ」
「そんなもの、何に使うんだ。家に都市迷彩でも描くのか?」
「なぁにそれ。とにかく、着替えてくるから、ちょっと待ってて」
にっこり笑うと、夏美は急いで家に入って行った。
俺はこの暑さで余計にツンと来るシンナー系の匂いに包まれ、クラクラしながら夏美を待った。
「お待たせー」
元気に窓から出てきた夏美は、デニムのオーバーオールを着ていた。
手には刷毛を持っている。
「昨日は、ありがとね。そのお礼に、その赤い傘あんたにあげるわ」
「傘?」
俺は自分の横に広がる真っ赤な傘を見た。
「なんだ、こんなもの要らん」
「そう言わないの。今からあんた専用にしてあげるから」
「俺……専用?」
「そのためにペンキ持ってきたのよ」
夏美は心底楽しそうにペンキ缶へ近づき、刷毛の柄で器用に蓋を開けた。
まずは白いペンキを取り、何の下書きもない赤い表面にぺたぺたと塗りたくる。
「次はこっち」
白いペンキで半円を二つ描くと、今度は黒いペンキを手にとって、
たった今描いた白い円に書き入れた。
一つ黒い丸を描き、満足そうに頷くと、俺の手を引いて自分の横に立たせる。
「なんだ、引っ張るな!」
「いいから、ちょっとこっちから見てよ」
それは正面から見ると、まるで俺のテントのようだ。
トレードマークの釣り目が一つ、出来上がっていた。
「もう一個の目は自分で入れるのよ」
「俺が!?」
ケロロの言っていたダルマのようだ、と思いながら、隣の目とつりあうように
慎重に目を入れていく。
「やったぁ、完成!」
目を入れ終わると、夏美が手を叩いて喜んだ。
俺のことなどそっちのけで、いろんな角度から傘を観察している。
「なんかかわいい!ギロロ、今度からこれ使ってね」
「傘など普段使わんぞ」
「えー、せっかく二人で描いたのに。あ、じゃあ私のお迎えの時に使ってよ。いい?」
「あ、ああ」
また迎えに行ってもいいのか、とは聞けなかった。
しかし、あの幸せな帰り道がまた歩けるのなら、この不恰好な傘を差してやるのも悪くない。

■夕立ち:END
□あとがき