■素直に握手:4
夏美は飛び起きてしまってから、自分がギロロに対して怒っていたのを思い出した。
(どういう顔したらいいのか、わかんないじゃない)
呟いてゆっくりと窓に近づくと、何かに気がつき、突然笑い出した。
隣の冬樹に聞こえないよう、ごく小さな声で苦しそうに笑っている。
ギロロはそれを見て、窓に張り付くと、こちらも小声で言う。
「なんだ、どうした夏美!?」
「だって、あんたの後ろの、それで隠してるつもり?」
夏美は月明かりに照らされたギロロが、自分よりはるかに大きなシルエットを
背中からはみ出させているのを指差した。
「こ、これは」
「ちょっと待って、開けるから」
夏美が鍵を開けると、ギロロはおそるおそる足を進めた。
夏美はベッドに腰掛けて、ギロロが正面に立つまで待っている。
ギロロは夏美の前に立ち止まると、咳ばらいを一つした。
「え〜、夏美」
「ごめん」
「え?」
ギロロの前で、夏美は頭を下げていた。
「な、つみ?」
「うん、やっぱり私が悪いよね。冬樹とドロロに聞いた。ギロロは悪くないって」
ギロロは首を全力で左右に振った。
「俺も悪いことをした。すまなかった」
「うん、冬樹にはちゃんと謝って欲しいな」
「了解」
ギロロはとびきりの敬礼で応える。
「じゃ、これで仲直り、ね」
夏美が手を差し出す。ギロロはサブローの言葉を思い出しながら、夏美の手を握った。
すると二人の手の平から暖かさが溢れ出す。
(なに、これ……ドキドキする)
ギロロも急に早くなった自分の鼓動に戸惑いながら、背後に隠しきれていなかった、花束を差し出した。
「受け取ってくれ……俺の気持ちだ」
「ギロロの……気持ち」
夏美はそれを受け取る為に、手を伸ばしながら考える。
ギロロの気持ち……それはどんな気持ちだろうか。
今回の、お詫びの気持ち?
それとも……
「ギロロ」
夏美は花束にかけられたギロロの手ごと掴んで引き寄せた。
「なっ!」
「静かに。冬樹が起きちゃう」
花束を挟んで夏美とギロロの顔が近づく。
「あたしの気持ちも、受け取ってくれる?」
茹で上がりそうに赤くなりながら、ギロロはこくこくと頷いた。
「今日はごめん。助けてくれて、こんな素敵な花束までくれて、
ほんとに嬉しいよ。ありがと、ギロロ」
「れ、礼には及ば、ん!……」
ギロロの頬を柔らかい感触が掠めて、何かわからないまま本能的に飛び上がった。
「な、なつ、なつ、なつ、いま、キ……」
「しーっ!」
夏美は花束を抱えて、空いた手の人差し指を唇に当てた。
「私からのお礼……こんなんじゃ、お礼にならないかな」
「なるなる、なります」
ギロロは湯気を立てながらベランダの方へ後ずさりしていった。
これ以上この部屋にいれば、何をしてしまうかわからない。
「俺はもう行く。お前は、は、早く寝ろよ!」
「うん」
そういえば、サブローは手に何を書いたのか。ベランダの手摺りに立ち、
ソーサーに飛び移る所でギロロは手の平を月明かりにさらした。
そこにはハートマークと一言。
『素直なキモチ by623』
(今のが夏美の、素直な気持ち!?)
驚いたギロロはベランダから落ちて、結局冬樹を起こすことになってしまったのだった。
■素直に握手:END