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■侵略のヒケツ:1
部屋の空気は少し暑いくらいに温められている。足元では加湿器が白い煙を吐いていた。
羽布団をかけているのに寒気がして、夏美は額に貼られた冷却シートの下で、
物憂げにまばたきをした。
「これは完璧に風邪ね」
枕元で秋が体温計を見ながら眉をひそめた。
ドアの隙間からは、冬樹とケロロが夏美の様子を伺っていた。
「姉ちゃん、大丈夫?」
「夏美にはかわいそうだけど、今日はお出かけは無理ね。
冬樹、うつったら大変だから、出かけるなら早く行きなさい」
「でも……」
「今日は私がいるから大丈夫。桃華ちゃん待たせちゃ悪いわ」
「わかった。姉ちゃんごめん、行ってくるね」
「夏美殿。お大事に、であります」
二人を見送ると、秋は夏美に布団をかけ直してやった。
「さぁ、一眠りしなさい。食欲は?ある?」
夏美は無言で首を横に振った。
秋はふうっと息を吐くと、にっこりと笑った。
「じゃあ、あとでお粥を作ってあげる。それなら食べられるでしょ?」
「……ママのお粥、久しぶり」
「そうね。楽しみにしてなさい。その前に、汗かいたパジャマ着替えちゃいましょ」
その時、くぐもったような鈍い振動音が響いた。
秋は自分のポケットに手をやると、着信ランプの点いた携帯を取り出した。
「ちょっとごめんね」
秋が立ち上がって部屋を出ると、すぐに廊下から話し声がかすかに聞こえてきた。
(お仕事かな)
夏美は起き上がると、秋の用意してくれた新しいパジャマに袖を通した。
着替え終わってベッドに戻っても、話は続いている。
『――ですから、今日は――』
『――はい、ですが娘が』
『編集長!それは――』
ベッドに入り、目を閉じて漏れ聞こえる声に耳を傾けたが、内容はほとんど聞き取れなかった。
しかし、聞こえなくても夏美にはその中身がわかっていた。
そして既にその顔は笑顔の準備に入っている。
パタン、と音がした。
秋が部屋の入口で、ドアを後ろ手に閉めて立っていた。
「……夏美」
「お仕事でしょ?私なら大丈夫!食べる物も、確かインスタントのリゾットがあったから」
体を少し起こして、自分に微笑む娘を見て、秋は目頭が熱くなるのを感じていた。
「ごめんなさい。どうしても私が行かないと原稿をくれない先生がいて」
「だから心配ないってば。ママは代わりがいないお仕事なんだから、ママが行かなきゃ。がんばってね」
にっこり笑うその顔は、血の気が失せたようで頬だけが異様に紅い。
秋は思わず早足でベッドに近づくと、夏美を寝かせてその額に手を当てた。
「なるべく早く帰るから」
「うん。気をつけてね、ママ」
秋はしばらく夏美を見つめていたが、立ち上がるとドアへ向かって歩いていった。
そしてドアを閉めようとして、何かを見つけたように、
部屋の窓――正確にいえば、そのカーテンの隙間を凝視した。
「ママ?」
「……今はとりあえず、ゆっくり寝るのよ」
秋は慌てたように階下へ降りて行った。
夏美は秋が何を見たのか気になったが、考えているうちに眠りに落ちていった。
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