■First contact:1
演習を終え、シャワールームで汗を流していると、同僚たちの噂話が聞こえた。
「今度の作戦、他から補充入れるって言ってたじゃない。なんか凄い奴が入ったらしいよ」
「誰?」
「どうもガルル中尉の弟らしくてさ」
「まさか『戦場の赤い悪魔』!?」
「まーた凄いの寄越したわねぇ」
「名前なんだっけ」
軍人とは言え、噂話の好きな女性は多い。
「ねぇ、あんたみたいな赤いケロン人でさ、ガルル中尉の弟ってやつ、名前知らない?」
「さあ」
そっけない返事だったが、問い掛けた方はそれを気にかけることもなく、話の輪に戻った。
どうやらいつも、この調子らしい。
は先にシャワールームを出ると、その赤い体から水滴を拭き取り、
丸めていた耳たれを解いた。
鏡を見ると、左側だけ青い瞳が自分を見つめてくる。それはまぎれもなく、
自身の顔だった。
夕食のために食堂へ向かうと、ちょうどピークを過ぎた頃なのか、空席が目立ち始めていた。
一番奥のカウンター席に座る。ここは正面がガラスになっており、
食用植物のプラントを眺めることができた。はそこが密かなお気に入りだった。
成長促進のためにライトアップされた畑を眺めながら食事を取っていると、後方で自分を呼ぶ声がした。
「おい、じゃねえか、上等兵!」
粗野な呼び方とだみ声を不快に感じ、小さくため息をついてから振り返る。
「はい」
そこには見知った顔の兵長と、同僚が二人。
「一人かよ、こっち来て一緒に食おうぜ」
「いえ、もう済みましたので」
まだ食べ始めたばかりだったが、トレーを持って席を立とうとした、その時。
「残しすぎだ」
左側から突然声をかけられ、浮かせた腰をそのままに、体ごと左に向く。
そこには席を一つ空けて、赤いケロン人が座っていた。
目の前の皿から飯をガツガツと掻き込んでいる。
「食事は体調管理の基本。お前らも、飯くらいゆっくり食わせてやらんか」
皿を持ったまま振り返り、兵長達にも一言申す。
「あんた、どこの隊だよ」
兵長が聞くと、残った飯を最後まで口に納めてから言った。
「ふぃおおおひょうら」
「ああん?」
伝わらないことにも慌てるそぶりを見せず、ゆっくりお茶を飲んでから言い直す。
「ギロロ伍長だ。この度こちらの部隊に配属になった。よろしく頼む。」
「あ、ああ……」
赤い体の色、鋭い眼光、そして左目の傷。
「あなたが」
は思わずつぶやいた。
兵長たちは気が削がれたようで、それ以上なにも言って来ない。立ち上がろうに
も立ち上がれない、気まずい雰囲気の中、ギロロ伍長がお茶を持っての方へ歩いてきた。何かと身構えると、隣いいか、などと聞いてくる。
は拒否もできず、頷く形で許可をもらったギロロは、座るなり声のトーンを落として言った。
「余計なお世話だったか?」
「いや……」
一食抜くくらいはよくあること、別に構わないが、この眺めをもう少し見ていられるのはありがたい。
しかしそこまでは口にせず、代わりにスプーンを運ぶ。
「ものすごく迷惑そうな顔をしていたのでな。あんなのを気にしていたら、身が持たん。
しっかり食えよ」
それだけ言って、残りのお茶を飲み干すと席を立った。
『戦場の赤い悪魔』と言ったか。その通り名とは全く掛け離れた人柄に、かなり驚いていた。
(あれではまるで、面倒見の良い上司か、ただの世話好きなおっさんじゃないか。)
兵長たちに話す声には張りと十分な迫力があったが、口には飯を含んでいて上手く喋れていなかった。
悪魔、という名前にそぐわない、あまりに人間くさい振る舞いが、に興味を持たせていた。
(もっと、話してみたいお人だな)
戦いぶりは、そのうち見ることができるだろう。他人に興味を持つことがあまり無い
は、自分の気持ちに驚きながらも、浮ついた気分に口元を緩めた。