■Rookie loves cookies:1


もうダメだ。体中が痛くて立ち上がる気力も無い。
身を隠していた地面の溝の、冷たい土壁に背を預けた。訓練用のバーチャル空間でも、
クルル曹長にかかれば温度や感触まで現実と変わらないものになっている。

「もう終わりか」

向こうに見える塹壕から釣り目の先輩が、銃口を天に向けながら出てきた。

「実戦ならとっくに死んでいるぞ」
「わ、わかってるですぅ」
「被弾しすぎなんだ。訓練用の低出力ビームでも、あそこまで喰らえばそうなる」

ギロロ先輩はこちらへ歩いて来ると、地面に掘られた穴の中から僕を引っ張り上げた。

「相変わらず銃撃戦は不得意なようだな」
「……僕にはタママインパクトっていうかっこいい必殺技があるですから」

下を向いたまま言う僕を、ギロロ先輩は鼻で笑った。

「じゃあ、今のもインパクトを禁止していなければ、俺に勝てたというのか」
「……大抵の敵は一掃できるです!」
「わかっとらんな」

ギロロはビームライフルをしまうと、バズーカを取り出した。

「お前はこれだけで戦えるか?」
「そんなの無理ですぅ」
「それと一緒だ。お前のインパクトは火力があるが隙も多い。おまけにエネルギー効率も悪い。
 ゲリラ戦になったら役に立つ物ではない」

何も言い返せなかった。
そんなのわかってるけど、戦闘はバーッと攻撃してドカーンとトドメ刺したほうがかっこいいじゃん。

こうして伍長さんとトレーニングすると、最後はいつもお説教されて終わる。

射撃訓練ではもちろん、僕の得意な格闘でも、時には伍長さんに敵わない。
いつもいつも、テクニックが足りないようなことを言われる。
僕なりにトレーニングは毎日してるのに、勝てないのは悔しかった。
伍長さんなんか、一日中ぼーっと銃磨いてたり、ネコと遊んでるだけなのに!

「さて、もう一回いくぞ」
「えーっ、もういいですよぉ」
「次はインパクトを使っていいが?」

一瞬迷ってしまったけど、ここで乗せられたら地獄の訓練があと一時間は続く。

「俺に勝ちたくないのか」

口角を上げるだけの、余裕たっぷりな笑顔が憎らしかった。
いつもナッチー相手にはデレデレしてるくせに……と思ったら、意地悪なアイディアが一つ閃いた。

「やってもいいですけど、休憩しないと無理ですぅ」
「いいだろう」
「休憩におやつは必須ですよね。……あ、僕、ナッチーの手作りクッキーが食べたいなぁ」

ちらりとギロロ先輩を見れば、大口を開けたマヌケ面でこちらを見ていた。

「はぁ?」
「ナッチーの手作りって、素朴な味でおいしいんですよねー。僕、あれがなくちゃ訓練続けられないですぅ」
「ば、馬鹿を言うな」
「……もらってきてくれれば、伍長さんも一緒に食べられるですよ。ナッチーの手作りクッキー」
「なんで俺が!」
「あー、僕疲れちゃって一歩も動けないですぅ」

お尻をついたまま、投げ出した両足をばたつかせた。
ギロロ先輩は無言のまま、頭から湯気を立ち上らせた。

(やっべー、怒らせた?)

上目遣いに様子をうかがえば、ギロロ先輩はくるりと踵を返した。

「し、仕方ない。貴様のために、夏美に頼んできてやる」
「さっすが伍長さん!ありがとうですぅ」

出口へ歩いていく伍長さんに、とどめの一言を投げつける。

「ちなみに、僕が食べたがってるとか、言っちゃダメですよぉ」
「は?何故だ」
「僕っていつも西澤家のパティシエのお菓子食べてるしぃ。
 ナッチーは比べられると思ってるみたいで、僕にあんまり手作りのお菓子くれないんですぅ」
「夏美が気にする、と?」
「そうですぅ。だからくれぐれも、『俺がお前の手作りを食いたいんだ』ーって言ってくださいねっ」

そんなことが言えるか!……という返事が来るかと思っていたのに、
伍長さんは背を向けると、低い声ではっきりと言った。

「…………わかった」
「へ?あ、あの、ギロロせんぱ……」

呼びかけに応えることなく、力任せにドアが閉められた。
まだビリビリと震える扉に向かって、僕はぺろりと舌を出した。

「ま、いっか。あの伍長さんが素直に頼めるわけないしぃ。
 それにクッキーって、タネ寝かせなきゃいけないから意外と時間かかるですぅ。
 この隙にさっさとかーえろっ」

超空間ゲートを開くと、僕はその虹色の裂け目に飛び込んだ。


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