■HALLOWEEN BITE!


ビルの間から夕陽の名残がちらりと見える。
そこから藍色に変わってゆく空に、一番星が輝いていた。

庭に座っていた俺は、肌寒さを感じてたき火を掻き回した。
緊張を感じて息を吐いたところに、通信が入る。

『ギロロ先輩、お菓子回収終わったですぅ!……ゲプ』
『ギロロ伍長、出撃であります!』
「……了解」

俺は立ち上がると、帽子に付けた獣のような耳飾りと、口元に付けた犬のような鼻を触り、
装着を確認した。

仮装は必須!と、ケロロからの絶対命令だ。

俺は恥ずかしさと緊張でよろめきながら、明かりの灯る日向家の窓を開いた。

上がり込む前に左右を確認する。夏美の鼻歌がキッチンから聞こえた。
夕食の準備だろうか。香ばしい匂いが部屋に立ち込めている。

「な、夏美……んなっ!?」
「ギロロ?なに?」
「なんだその恰好は!」

思わず叫んだ俺の目の前には、肩を露出させ、体にぴったりとした服を着た夏美がいた。
腰の下、ふんわりと膨らまされたミニスカートは俺の位置からでは中が見えてしまいそうだ。

「かわいいでしょ?あんたも仮装?いいじゃない」

夏美は俺の目の前にしゃがんで、額をつついた。
ああ、それよりも、そのしゃがみ方は……これ以上、視線を下に向けたら、俺は……俺は!!

『ギロロ伍長!作戦作戦!』

視線がスカートの下へ行く前に、幸いにもケロロから通信がかかる。
俺ははっとして、夏美と距離を取ると叫んだ。

「夏美、とりっく、おあ、とりーと!」
「はぁ?ああ、お菓子?」

夏美は微笑むと、立ち上がってキッチンの棚を探しはじめた。

「はいはい、ちょっと待ってね〜。あんたたちが何か言い出す気がして、準備しといたの……あれ?」
「と、とりっく、おあ、とりーとっ!」
「急かさないでよ!あんた専用に、ちゃんと甘いの抜きの袋を分けたのに」
「なにっ!?俺専用!?」
「ボケガエルが食べちゃったのかな」

その時、既にタママの胃の中であろう、俺専用の菓子を思い、俺は涙目で叫んだ。

「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!!」

叫ぶと同時に武器をフル装備で転送する。

「わ、ちょ、ちょっと待って!」
「俺専用の菓子が!」
「なんで泣いてるのよ!っていうかその武器、いたずらってレベルじゃない!」
『ギロロ、ちょっタンマ!攻撃は我輩達も揃ってから』
「うるさい!貴様らまとめて今すぐハチの巣にしてやる!」
「ギロロ、待って、今……」

ピーピーピーピーピー

夏美が言いかけた瞬間、間の抜けた電子音が部屋に響いた。

「やっとできた!」

夏美は嬉しそうに笑うと、背中を向けた。
厚手のミトンをすると、オーブンから、何かを取り出してテーブルに置く。

「お待たせ、お菓子できたわよ」
「な、なに?」

俺は武器を握ったまま、椅子に飛び乗って、湯気を上げる物体に顔を近づけた。
香ばしい匂いが強くなる。

「パンプキンパイよ。どう?これもお菓子でしょ」
『タママ二等!全部回収したんじゃないの!?』
『作りかけには気づかなかったですぅ』

耳元の通信をやけに遠く感じながら、俺はパイに吸い寄せられるように見入っていた。

「これから桃華ちゃんちでハロウィンパーティーなの。
 パイを焼こうかって言ったら、是非持ってきてって言うから。
 あの家に持って行くのはちょっと恥ずかしいけどね」

言いながら、夏美は包丁でパイを扇形に切り出した。

「せめて焼きたてを持って行こうと思って。パーティー直前に焼き上がるようにしといたの。
 はい、どーぞ」
「持って行くんだろう?いいのか?」
「それが、今気づいたんだけど、間違えちゃったらしくて。本番用じゃないのを焼いちゃった」

意味がわからず、俺はパイと夏美を交互に見つめた。
夏美は俺にかまわず、冷蔵庫から焼く前の白いパイを取り出し、オーブンへ入れる。

「余熱いらないからすぐ焼けるわ」

そしてフォークを出し、目の前に切り分けられたパイに刺すと、小さな一口に切って俺に差し出す。

「実はこれ、あんた用に作ったお砂糖無しのやつなの」
「俺……専用!?」
「あんただけは、甘いと文句言うでしょ。はい、食べて」

俺は両手の武器をそのままに、夏美の差し出すフォークにかぶりついた。
さっくりとした歯ざわりと、ほんのりとした甘さが口に広がった。

「どう?」
「フン、甘い」
「カボチャの甘さなんだから、これ以上はどうしようもないわよ。
 あーあ、作ってあげて損した」

手を離れた武器が床に落ちて、大きな音を立てる。
パイを下げようとした夏美の腕を、俺は思わず掴んでいた。

「俺専用、なんだろう」
「え?」

夏美が怯んだ隙に、パイの皿を抱え込むように奪う。

「他の奴にやるのはもったいない。俺が食ってやる」

素手でかぶりつきはじめた俺が、熱々のパイで手を焼いているのを見て、
夏美はくすりと笑いながらパイにフォークを突き立てた。

「せっかくだから、私にも味見させてよ。次のが焼けるまで、どうせ出掛けられないし」

そしてフォークでまた一口大に切り分けて、それを今度は自分の口に運んだ。

「おいしー!今度からこの味にしようかな。ほら、あんたもフォーク使いなさいよ」

夏美はそう言って、自分が今までくわえていたフォークを差し出した。
俺はそれを受け取ると、その先端をじっと見つめてしまう。
頬が熱くなってきている気がした。

「あ、このフォークじゃ嫌?人が使ったのとか、気にするタイプ?」
「お、俺がそんなタイプに見えるか?」

首を振る夏美の前で、パイを刺すと自分の口に運ぶ。

この上なく甘い味がしたような、気が、した。





「ゲロ〜、何この入りづらい雰囲気」
「邪魔したら殺されそうですぅ」
「どーせ監視カメラで撮れてっから、地下で鑑賞会にするか」
「さんせーい」

俺はその足音にも気付かず、ハロウィンの夜を楽しんでいた。


■HALLOWEEN BITE!:END


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