■chocolate covered...


目の前の焚き火を、強い風が煽った。
ギロロは手近にあったブロックを、炎を囲むように立てた。
心なしか、吹いてくる風が昨日よりぬるく感じて、目を閉じた。

「春一番……とか言うんだったか」

以前、夏美から聞いたような気がする言葉を、誰にともなくつぶやいた。
すると、背後の窓が突然開いた。

「あんたも地球のこと、覚えてきたのね」

「夏美!そこにいたのか」

「うん。あんたの独り言が聞こえたから」

そう言いながら、窓のへりに座り込んだ。

「朝のニュースでも言ってたわ。春一番が吹いたんだって」

「まだ春と言うほど温かくはないがな」

「そうね。これからだんだん春になっていくのよ。三寒四温って言ってね……
 あ、それよりギロロ、お願いがあるんだけど。おいも焼いてくれない?」

夏美の突然のお願いに、ギロロは目を瞬かせた。

「芋なら今焼きあがるところだ」

「ほんと!?それ、一つ分けて欲しいの」

「かまわんが。昼食を食べたばかりじゃないのか」

「あたしが食べるんじゃなくて。今ね、ちょっと料理してるの。あ、そうだ、お鍋!」

立ち上がると、夏美はキッチンの方へ歩いて行ってしまった。
ギロロは焼いていた芋を取り出すと、焚き火に土をかけて簡単に後始末をしてから立ち上がった。
キッチンでは、テーブルの上に鍋を置いた夏美が、その脇にたくさんのバナナやイチゴを盛った
ボウルを置いたところだった。

「お芋、ありがとう!できたらギロロにも分けてあげるわね。……っと、あんた、甘いもの苦手だっけ」

ギロロはイスに飛び上がると、テーブルの上を覗き込んだ。

「何をしているんだ」

「フルーツのチョコレートがけを作ろうと思って。あんたのお芋も、チョコかけたらおいしそうじゃない?
 明日のホワイトデーに配ろうと思って。バレンタインにはいろんな子からいーっぱい貰っちゃったからね」

「ホワイトデー?」

聞いたことのあるような言葉に、首をかしげた。
夏美は片方の眉を吊り上げて、ギロロを見た。

「あんた、毎年のことなのに、また忘れてるわね。バレンタインのお返しの日のことよ」

「あ……あ!」

「私もバレンタインにはあんたにクッキーあげたのに。お返しは〜?」

すっかり忘れていたとも言えず、ギロロは口をあんぐりと開けたまま固まったが、それを見て夏美が笑い出した。

「あんたからお返しをもらえるなんて、思ってないから別にいいわよ。
 いつも、おいも貰ってるしね。そうだ、このおいもがお返しってことでいいわ」

ギロロは机の上で拳を握り、うつむいた。

「しかし……それでは俺の気が済まん。本当は何か返すべきなんだろう。芋などいつもやっている」

貰えたのが何よりも嬉しかったこともあり、きちんとお礼ができないことは尚更心苦しい。
すっかり落ち込んだギロロの様子から、夏美は思いついたように手を叩いた。

「じゃあ、これ作るの手伝ってくれない?地味に数が多くて大変なのよ」

「そんなことで良いのか」

「今は手伝ってくれることが一番嬉しいの。どう?」

「……了解した!」

ギロロの嬉しそうな返事に、夏美も明るく笑うと、手伝うために手を洗うように促した。

「それじゃ、ここにあるイチゴとバナナをチョコにこうやってつけて、コーティングしてね。
 すぐには固まらないから、この竹串にさしてこのスポンジに立てていくの。
 その間に私はおいもを切ってるから」

夏美は背を向けると、まな板で芋の皮をむき始めた。
ギロロは言われたように、竹串に刺したフルーツを、鍋のチョコレートの中に浸していく。
柔らかく溶けたチョコレートを見るのは初めてだった。

「あの固いチョコレートが、こんなふうに柔らかくなるのだな」

「まだ温かいから、気をつけてね」

慣れれば簡単な作業だった。
ギロロはリズム良くフルーツをチョコレートコーティングしていたが、そのうち手が滑って、
イチゴがチョコレートの鍋の中に落ちてしまった。

「まずい!」

慌てたギロロは、思わず鍋の中に手を入れて、イチゴを掴んでいた。
幸いチョコレートはやけどする程熱くはなかったが、ギロロの赤い手はチョコレートまみれになっていた。

「あー、やっちゃったわね。熱くはなかったでしょうけど、大丈夫だった?」

ギロロの背後から、夏美が手元を覗き込んでいた。

「すまん夏美!俺の手など何ともないが、チョコレートが」

こげ茶色にコーティングされた手をどうしたら良いのか、ギロロはおろおろするばかりだ。
夏美は布巾を差し出そうとして、何を思ったのか、ふと手を止めた。

「あんたって、イチゴみたいに赤くて、おいしそーよね」

「なに?」

「ちょっと貸して」

そう言いながらギロロの手を取ると、チョコレートでコーティングされた指を一本、ぱくりと口に入れた。

「!!」

「んー、甘くておいしー!」

ちゅっ、と音を立てて指を離すと、夏美は唇のまわりを舐めながら満足そうに笑った。

「ただ拭いちゃうんじゃ、せっかくのチョコが勿体ないしね。
 ギロロ、あんたも残りの指、食べてみたら……って、ギロロ!どうしたの!?」

夏美は手を離したが、その形そのままに、ギロロは石のように固まってしまっていた。

「ギロロ!ちょっと、もう、突然どうしたのよ!」

ギロロはそのまましばらく、金縛りにあったように動けなかった。



そして、そのしばらく後。
ケロロと出かけていた冬樹が玄関を開けると、姉の怒鳴り声が聞こえてきた。

「あれ、姉ちゃんまた怒ってるよ。軍曹、なにかした?」

「ゲロ〜!我輩何もしてないであります」

二人は足音を立てないようにリビングの扉から中を覗くと、正座したギロロの前に夏美が立っていた。

「あの赤ダルマ、何かやらかしたようでありますな」

「なんで怒ってるんだろ」

聞き耳を立ててみると、かなり一方的にギロロが悪いようだ。

『突然動かなくなって、心配したんだからね!』

『……すまん』

『なんだったのよ!気絶するほどチョコが苦手なの!?』

『……すまん』

『謝ってばかりじゃわからないでしょ!それになんなのその顔は!』

夏美が怒るのも無理はない。怒られているはずのギロロの表情は、目尻が限界まで下がっており、
まるで緩みっぱなしなのだ。

『怒られてるんだから、ちゃんとしなさーい!』

『す、すまん……』

「ゲロ〜、あれほど怒られてもニヤけているでありますよ」

「よっぽどいいことでも、あったのかな……」

「とにかく今は入らない方が良さそうでありますな。冬樹殿、我輩の部屋に行くであります」

立ち去る二人の背中にも、夏美の怒る声は響き続けていた。


■chocolate covered...:END



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