■WARMS

空全体を薄い雲が覆っている。ブリーチしすぎたデニムのような白っぽい空に、
太陽がぼんやり光っていた。
真っ白なシーツやシャツを取り込みながら、夏美は空を見上げた。
手に触れるシーツは冷たく、北風に冷やされたのか湿っているのか、判別がつかない。

洗濯カゴを足元に置くと、自然とため息が漏れる。
気にしないように努めていたが、頭の中では午前中の出来事が自然と再生された。





「部員じゃないのに、試合だけ呼ぶなんて……私、認めたくありません」

着替えようとサッカー部の部室へ入ろうとしたとき、中から声が聞こえた。
夏美はどきりとして、引き戸の隙間から中を覗いた。

どうやら一年生が部長に話していたようだ。一年とはいえ、かなり実力があると評判の子だ。

よほど覚悟しての発言なのか、頬が紅潮しているのが夏美からでも見て取れた。
対して部長は優しい声で応えた。

「でも、夏美ちゃんが入れば、勝ちは確実なのよ」
「その分、私たちががんばりますから!せっかくみんな練習してるのに、
 部員じゃない人が出て、他の人が補欠なんてひどいと思います」

夏美は目を閉じると、部長の言葉を聞く前に、そこから立ち去った。





ふと気づくと、庭の端ではギロロが何か、機械類を地面に広げて点検をしているようだった。
しかし、その姿は何故かテントに隠れるような位置にいるらしい。
動くたびに、テントの角の向こうにちらつく帽子を見ながら、夏美はそろそろと近づいた。

「ギーロロ!」
「のわぁっ!」

体が飛び上がるほど驚くギロロを見て、思わず微笑む。
ひんやりした心に、温かい灯がともったような気がした。

「こそこそ何やってるの?」
「なんでもない!」

言いながらも、広げていたパーツをかき集めている。
小さな体からはみ出しているそれは、見たことのあるトリコロールカラーをしていた。

「それ、もしかして私の」

ギロロはため息をつくと、諦めたように上体を起こした。

「ああ、パワードスーツの整備をしていた。今日は試合じゃなかったのか」
「……うん、いいの。
 それよりこんなスーツ、めったに使うことないんだから整備なんてしなくていいのに」
「めったに使わないからこそ、整備が必要なんだ!お前に何かあったらどうする!」

突然の大声に、夏美は驚いて立ちすくんだ。
ギロロはそれを見て、自分の発言に気付いたのか、はっと息を呑むと赤くなった。

「と、とにかく、お前はこれが好きではなさそうだからな。
 お前に見つからんように……と思っていたんだが」

そう弁解すると俯いたギロロに、夏美は微笑んでしゃがみ込んだ。
顔の距離が急に近づいたことで、ギロロは更に赤くなる。

「いつもあんたが整備してくれてたの?」
「……ああ」
「知らなかった」

小さな声で呟くと、転がっていたビームサーベルを手にとって見つめた。

「安心して使えるのが当たり前だと思ってた……」
「そうじゃなければ意味が無いんだ。お前が気にすることじゃない」
「……ギロロ。私、これで、あんたの役に立ったこと、ある?」

ギロロは赤くなっていたのも忘れたように、眉間に皺を寄せて目を逸らした。

「本来は敵であるお前に対して情けないが、悔しいことに、助けられた、と思ったことは何度もある。
 ガルルが来たときなんかには特にな。……こんなこと、改めて言わせるな」

夏美は手にしたグリップを静かに置くと、しゃがんだまま俯いて、
すぐ隣にあったギロロの小さな肩に額を載せた。

「な、夏美!?」

ギロロの肩がびくっと跳ねたが、次の瞬間、温かな雫が肘に伝って落ちた。

「お前……!」
「お願い……ちょっとでいいから、このまま……」

絶え間無く流れる雫の跡を、風が冷たく撫でる。
ギロロは反対側の腕を伸ばすと、震える夏美の肩を優しく引き寄せた。

手のひらの温かさが、じんわりと染み入るように夏美を暖める。
体中がその温もりに包まれたように感じて、夏美は涙が止まらなかった。

周囲は音が消えたように静まり返り、わずかに漏れる夏美の嗚咽も
曇り空へ吸い込まれるように小さくなっていった。


■WARMS:END



G66×723 に戻る
NOVEL に戻る
TOPに戻る