■bitter valentine


バレンタイン当日。

夏美が学校から帰ると、珍しくギロロがソファに座り、冬樹と一緒にテレビを見ていた。

「あ、姉ちゃんおかえり」
「ただいまー……」

ふとキッチンを見ると、机の上には、かわいい包みがぎっしり入った紙袋が置いてあった。

「冬樹、まさかこれ」
「断れなくてさ。全部姉ちゃんあてなんだ、ごめん」
「もう!お返し大変なのに」

友チョコなどという言葉が流行りだしてから、夏美の受け取るチョコは増える一方だった。
肩を落としながら冷蔵庫を開けると、中から小さな袋を取り出した。

「これはあんたあてよ、冬樹」
「わぁ、ありがとう!」

冬樹はソファから飛んでくると、受け取りながら夏美に頬を寄せ、小さな声で聞いた。

「これって、みんなの分もある?」
「あるけど。なんで?」
「そっか!よかったね、伍長!」

突然大きな声で呼ばれて、ギロロはこちらに背を向けたまま、ソファの上で飛び上がった。

「おっ、俺は別に!」
「さっきからずっと、姉ちゃんがいつ帰るのか、気にしてたじゃない。チョコ待ってたんでしょ?
 甘いもの好きだなんて知らなかったけど、よかったね、伍長!」

無邪気に笑う冬樹に対して、ギロロはひときわ大きな声で怒鳴った。

「違う!そんなもの、待ってたわけじゃない!」
「そんなもの……?」

そうつぶやいた夏美の瞳が暗く光った。
口角を歪めて、ギロロに笑いかける。

「良かったわねぇ、ギロロ。あんたの分は無いわよ」
「へ?」
「冬樹、これボケガエルたちの分。配ってきて」

冷蔵庫からたくさんの小袋を取り出すと、冬樹の手にそれを押付けた。
冬樹は廊下へ続くドアへ向かいながら、ギロロをちらりと振り返ったが、
夏美に睨まれて、そそくさとその場を去った。

ギロロはといえば、大きくあごを落としたままその場に固まっていたが、
冬樹の出て行った扉が閉まった音で、我に返った。
慌てたようにソファから降りると、窓の外の庭に向かい、おぼつかない足取りで歩き出した。

「べ、別に、甘いものなど、もらっても困るだけだからな。かえって、た、助かった……」

ふらつきながらも、出入り口にしているガラス戸に手をかけると、
夏美がため息をひとつついて、近づいてくる足音が聞こえた。

「もう。本当にいらないの?」
「……え」

振り返ったその口に、何かが放り込まれた。

「!」

もぐもぐと口を動かすと、さくさくと軽い歯ざわりが心地良かった。
しっかりと主張する苦味のなかに、ほんの少しの甘さが広がる。
鼻を抜けるカカオの香りに、チョコレート味の何かなのだと辛うじて気付いた。

「これも、ちょこれーと、なのか」
「ビターチョコを使ったクッキーよ。これならあんたも文句無いんじゃない?」
「ま、まぁ、そんなに甘くは、ないな」
「他のみんなには甘いチョコで済ませたけど、これはあんたのためだけに作ってあげたんだから。
 ちゃんと全部食べてよね」
「俺の……ため、だけ……」

差し出された袋を受け取ると、ギロロは胸の高鳴りを押さえ込んでつぶやいた。

「……了解した。残さず食べる」
「うん」

夏美の顔に花が咲いたような笑顔が広がった。



■bitter valentine:END



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