■after the party
12月25日。
深夜に目覚めたギロロは、トイレを借りようと日向家の窓に手をかけ、
そこにぼんやりとした明かりが見えることに気がついた。
そっと窓を開くと、ダイニングテーブルに人影が見えた。
「夏美……?」
「ギロロ」
テーブルに突っ伏していた夏美が顔を上げた。
近付くと、軽くアルコールの香りがした。
「酒臭いぞ!?」
「片付けの途中、残ってたジュース飲んだら、急にクラクラして……」
夏美の指すグラスを持ち上げると、ギロロは顔をしかめた。
「シャンパンか……秋が帰ってきたのか?」
「ママなら……パーティーには間に合わなかったけろ……さっき帰ってきて……
一杯飲んで、疲れたーっていって先に寝ちゃった……」
「その残りを間違えて飲んだな。待ってろ、水をやる」
すすいだコップに水を汲んで振り返ると、夏美はすでにテーブルに頬を付けて寝ていた。
静かな寝息が聞こえてくる。
「夏美、水だぞ。飲め」
「……」
「このまま寝たら風邪をひく」
「う……ん」
肩に手をかけて揺すってみても、わずかに声が漏れるだけ。
ギロロはその寝顔を――その無防備に開かれた小さな唇や、ほんのり紅い頬、
伏せられた長い睫毛を無意識に見つめてしまっていた。
(な、何をしているんだ、俺は!)
ギロロは頭を激しく振って、再度夏美の肩に手をかけた。
「毛布を持ってきてやるから、せめてソファで寝ろ」
「ん……」
その手を引いて、椅子から引きずり下ろすと、床に落ちる前に体を入れて支えた。
力の抜けた体を持ち上げ、ソファまで引きずる。
柔らかいものが背中に当たるのを感じて、汗が噴き出した。
やっとソファの前にたどり着くと、なんとかその体を引っ張り上げて、ソファに横たえた。
「全く、世話の焼ける……」
言いかけた瞬間、腕を強く引かれて、一瞬のうちに腕の中にしっかりと抱かれていた。
「おわっ!な、夏美ぃっ!」
夏美は目を閉じたまま、幸せそうに微笑んだ。
「あったかい……」
「ゆたんぽじゃないんだぞ!」
ギロロが真っ赤な顔で怒鳴るが、夏美は笑顔のまま幸せそうに目を閉じている。
目尻が下がりかけたところで、ふいにギロロは自分がトイレのために日向家に入ったことを思い出した。
気づいてしまった瞬間に、津波のような尿意が押し寄せてくる。
「な、つみ、ちょっと」
ギロロは夏美を起こさないよう、慎重かつ渾身の力を込めて、腕を押しのけた。
体を腕の囲いから滑り出したところで、夏美の目がわずかに開かれる。
ギロロは飛び上がった。
「さむい……」
「い、いま、毛布を持ってきてやるからな!」
一歩踏み出した瞬間、またしても腕を捕まれた。
びくっとして振り返ると、眠そうな目が上目遣いに見つめてきた。
「戻って……くる?」
「あ、ああ、すぐ戻る」
そう返すと、夏美は安心したように目を閉じた。
ギロロは全速力で走り、用を足してから毛布を引っつかんで戻った。
夏美は寒いのか、ソファの上で先程より寒そうに丸まっていた。
足音を立てないように近づくと、つま先立ちで毛布をかける。
夏美は深い眠りに入っているのか、目覚めなかった。
しかしその両手は、ギロロを抱えていたそのままの形で毛布からはみ出している。
ギロロはそれを毛布に入れてやろうと手をかけたが、同時に先程の夏美の言葉を思い出した。
―――さむい……―――
―――戻って……くる?―――
寂しげな眼差しをしていた。
そして、戻ると約束した時の、安心しきった笑顔。
それを思うと、ギロロは急に、力無く垂れた夏美の両腕が、自分の居場所のように思えてきた。
(……い、いかんいかん!)
頭の中では否定したが、ギロロは夏美の手を握ったまま、離すことができない。
「夏美」
そっと声をかけると、夏美が夢の中で微笑む。
ギロロは意を決したように、夏美の片手を持ち上げた。
「お、おじゃまします……」
両手の間に体を潜り込ませた。
すると、夏美の両手が体にゆったりと回される。
起きたのかと体をこわばらせたが、規則正しい寝息が聞こえるだけだった。
夏美の体温に包まれて、自身の顔の火照りも合わさり、頭がぼうっとしてくる。
そのうち、とろりとした眠気に負けて、ギロロは目を閉じた。
クリスマスの夜の、思わぬプレゼント。
翌朝にあるであろう、、二人を見つけた周囲のパニックを知ることもなく、
二つの寝顔は幸せそうに寄り添っていた。
■after the party:END