■おすそわけ


雲ひとつない空から、温かな日差しがふりそそぐ。
風はまだ冷たいが、窓から入る光で部屋の中はぽかぽかと暖かかった。
膝にブランケットをかけておけば、エアコンなど無くても十分なくらいだ。

特に予定の無い日曜日だった。
洗濯物も干し終えて、一息ついた夏美は、テレビを見るのにも飽きて、手元の雑誌のページを捲った。
春のトレンチコート特集、の文字を見て、ふと外に目を向ける。
そういえば、ここ数日でかなり温かくなってきているようだった。
冬には土の色ばかりだった庭にも、緑色の雑草が目立ち始めていた。

その庭で、うららかな日差しを浴びながら、ネコに餌をやっている後姿が見えた。
焚き火の炎も、心なしか今日は小さくなっているようだ。
あの焼き芋を食べられるのも、いつまでだろうか。
そう思うと、夏美は庭へと続く窓に手をかけていた。

「ギーロロ」

「夏美か、ど、どうした」

突然声をかけたせいか、ギロロは少し腰を浮かせながら慌てて夏美を振り返った。
ネコは餌に貰ったばかりの肉をくわえて、裏庭のほうへ走り去って行った。

「あ、ネコちゃん!」

慌てて声をかけたが遅かった。走り去った方向を見て、少し眉をひそめる。

「まだ嫌われてるみたい……」

「驚いただけだろう」

「そうかなぁ」

夏美は肩を落としながらも、庭へ降りてギロロの隣のブロックへ腰掛けた。
そこへ少し強めの風が吹き、結い上げた夏美の髪を揺らした。

「まだ、外は寒いわね」

「ああ。そんな薄着では風邪を引く。それより何か用か」

「まだお芋のストックあるかなぁ、と思って」

「あるぞ。今から焼くか」

「うん、お願い」

ギロロはテントに入ると、両手に小ぶりな芋を一つずつ持ってきた。

「時間がかかるから、お前は中にいろ。こんなところで風邪をひかれては、俺が迷惑だ」

「はぁーい」

立ち上がった夏美は、ふと思いついたようにギロロを見下ろした。

「そういえば、あんたは寒くないの」

「俺は慣れている」

「でも、寒いものは寒いでしょ」

「何ともない。そもそもお前たちペコポン人のようにヤワじゃないからな」

「ふーん、そう」

心配して損した、とつぶやきながら、夏美は窓を開けて中へ入った。
窓が閉まったところで、焚き火に入れた芋をつついていると、
先ほど走り去ったはずのネコがおそるおそる戻って来た。

「あの肉はもう食べたのか」

その問いにネコは、にゃあ、と一声鳴いた。

「そうか」

ギロロはネコの頭をひと撫ですると、火の中に新しい薪を置いた。
ネコはその場に座り込み、何か言いたそうにギロロの顔を見上げた。

「ん?夏美か?あいつなら中だぞ。別に俺が追い返したわけじゃない。
 今、あいつのために芋を焼いてやっているんだ。あいつが頼んで来るから、仕方なくな」

そう言いながら笑顔を隠しきれない様子のギロロを見て、ネコはフンと鼻を鳴らすとギロロの足元で丸くなった。

そのうち良い匂いがして、芋が焼きあがった。
ギロロは古新聞に包んだそれを抱えて、日向家の窓を開けた。

「夏美、焼けたぞ」

すると、返事が無い。キッチンの方を見れば、ダイニングテーブルに突っ伏している夏美の姿が見えた。

「夏美!?」

慌てて駆け寄り、イスに飛び乗って肩に手をかける。

「おい、どうした……」

声をかけながら気付いた。規則正しい呼吸音。
すぅすぅと、心地良さそうに目を閉じた口元は、わずかに開いて幸福そうに笑んでいた。
ギロロは胸を撫で下ろすと、窓の辺りに放り投げてしまっていた古新聞の包みを拾いに戻った。
先ほどのように騒いでも目覚めないということは、かなり眠りも深いのだろう。
わざわざ起こすのもためらわれて、ギロロはテーブルにそっと包みを置いた。

その時、気付いた。
夏美の目の前に、ティーバッグが入ったままのマグカップが置かれており、紅茶の良い香りがしていた。
しかし、そのカップの隣に、もう一つカップが置かれていたのだ。

「これは……」

二人分のお茶。ギロロは芋とマグカップを見比べて、囁くようなトーンでつぶやいた。

「まさか、俺の分、なのか」

-----でも、寒いものは寒いでしょ

先ほど夏美が言った言葉が、頭の中で繰り返された。
ただ、芋のお礼としてだけかもしれない。
しかしその心遣いが嬉しかった。

ギロロはソファに置かれていた夏美のブランケットを見つけると、それを夏美の肩にかけてやった。
そして、古新聞の包みの中から芋を一つ取り出し、片方のマグカップを手に取って、庭へ引き返した。
窓から外へ出ようとすると、ネコが中を覗きこんでいた。
にゃあ、と鳴く猫に、しー、と人差し指を立てる。
そしていつものブロックへ座ったところで、芋を半分に割ると、ネコの鼻先に置いた。

「喰え。まだお前には熱いかもしれんがな」

ほくほくと湯気の立つ、黄色い断面を見て、ネコは小首をかしげた。

「幸せのおすそわけ、だ」

ギロロは笑顔で残りの半分にかぶりつくと、手に持ったマグからお茶をすすった。
それは少し冷めてしまっていたが、ギロロを暖めるには十分だった。


■おすそわけ:END






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