■NATSUMI


おい、と呼ばれて振り返ると、小さなテントの前に、赤い体の宇宙人が立っていた。

「イモが焼けている。食いたければやらんでもないぞ」

回りくどい言い方。
ボケガエルやタママに続いて現れた3人目は、どうも素直じゃない。

「くれるなら、そう言えばいいじゃない」
「欲しいならやる、と言っただろう」
「わかりにくいのよ」

言いながらも、私はお芋を受けとって座った。

こんなんだけど、こいつも悪い奴じゃないのよね。


あれは、こいつがはじめてうちに来た日。
私へのリベンジのためか何なのか、庭にテントを張って居座ると言い出した。

「本気で言ってるの?また変なのが増えるなんて冗談じゃないわよ。
 それに、庭にテントなんて洗濯物干すのに邪魔だし」
「侵略先の住民と馴れ合いたくないって言うんでありますよ。
 場所は物置の前あたりにさせたから、物干しの邪魔にはならないであります」
「物置の前!?」

私は慌てて庭へ走った。
そして物置の前には、小さな赤いテントが既に立っていた。
生意気そうな目玉の柄のせいで、テントまで偉そうに居座っているように見えた。

「ちょっと!」
「あぁ?」

テントの前に座り込んでいた、赤いやつに駆け寄った。

「なんでここに立てちゃうのよ!」
「隊長指示だが」
「お花!咲いてたでしょ!」
「はぁ?」
「な、夏美殿〜?」

背中に声をかけられて振り返った。

「ボケガエル!ここに小さなタンポポが咲いてたのよ。不思議と毎年ここに咲くから楽しみにしてたのに!
 きっと踏まれて潰れたわよ!」
「ゲロ〜」

何も言えずに困り果てたボケガエルを睨んでいると、正面のほうから盛大なため息が聞こえた。

「ペコポンの女は皆こうなのか?さわがしくてかなわん」
「なによ、偉そうに!」
「あそこを見ろ」

その赤い小さな指が指したのは、塀の際のあたりの地面だった。
そこには黄色い花が可憐に咲いていた。

「あれって……」
「ここにあった花だ。邪魔だから端に移動した。」

驚いて何も言葉が出なかった。
まさかこいつがわざわざ植え替えるなんて。思ってもみなかった。

「……なら、いいけど」

私は気まずくなってその場を後にした。


とにかく、思いもよらないところでこいつの優しさを知っちゃったから。
こういう生意気な態度を取られても、なんか憎めない。

「おい」
「なによ」
「その……うまければ、もっとあるぞ」
「そんな食べられないわよ。それより、その呼び方、やめてくれない?」

釣り目がきょとんとこちらを見返した。

「意味わかんない?私、『おい』とか『お前』とかいう名前じゃないの」
「そんなことは知っている。ヒナタナツミ、だろう」
「だから、呼ぶときはちゃんと名前で呼びなさいって。……あんたは、名前」
「ギロロ伍長だ」
「じゃ、あたしもギロロって呼ぶから。いい?」

私を見ていた赤い顔がさらに赤くなった気がした。
怒らせた?と思った直後。

「な、ナツミ……夏美、か」
「そう。次におい、なんて呼んだら承知しないわよ」

そう言って、私は手元のお芋にかじりつきながら、ふと思った。

(呼び捨て……!)

男の人に呼び捨てで呼ばれたのって、初めてかも。
あ、そもそも男の“人”じゃないか。でも渋くて良い声してるし……じゃなくて!
こんな奴に呼び捨てされて、いいわけ?

「ねぇ」

声をかけると、大きな瞳が横目で睨んだ。

「俺は『ねぇ』という名ではないが」
「……ギロロ」
「なんだ、夏美」

呼び返されて、言い淀んでしまう。
夏美、と、自分の名前が入っただけで、その呼びかけがさっきより断然優しく聞こえたから。
それに、夏美さん、夏美ちゃん、夏美殿……こいつに呼ばせると思うと、なんかしっくりこない。

「なんだ、どうした夏美」

改めて低音で呼ばれると、背筋がむずむずした。

「な、なんでもないわよ、ギロロ」

どうしてなのか、赤くなってしまった頬をごまかしたくて、私は慌ててお芋を口に放り込んだ。
それを見たギロロは、軽く声を上げて笑った。

「良い食べっぷりだ。やはり追加がいるんじゃないのか」

口がいっぱいだった私は、首を横に振りながらギロロの顔を見て、目を見張った。

こいつ、こんな顔で笑うんだ。

目元から柔らかく笑む顔は、普段のしかめっ面とはかなりのギャップがあった。
目を横切る大きな傷のせいか、釣り目のせいか、人相悪く見えるけど。
けっこうイイ顔で笑うじゃない。

(こいつのこういう意外なところ……もっと見てみたいかも)

私はお芋を飲み下した。

「ギロロ」
「なんだ」
「お芋は無くてもいいからさ……時々、ここに来てもいい?」
「ん!?あ、ああ……かまわん」

ギロロは木の枝でたき火をぐちゃぐちゃと掻き混ぜて、炎が一瞬大きく上がった。

なんか……慌ててる?
私に秘密で進めたい作戦でも、あったのかな。
それでもいい。こいつの横が、なんとなく気に入ったから。
今日見た笑顔とか、顔に似合わず優しいところとか。
一緒にいれば、きっともっと見られる。


それがただの好奇心なのか、それとも別の気持ちなのか。
私にはまだわからなかった。



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