■てぶくろ
冷たい風が頬を撫でる。
空は細長い雲で夕焼けの橙と宵の紺にくっきりと分けられていた。
制服のスカートから伸びた膝が冷たくなって赤らんでいる。
夏美は帰り道を歩きながら剥き出しの両手をすり合わせた。
「まだマフラーくらいかと思ってたけど、手袋も必要かも」
夏美は以前ギロロにもらった手袋を思い浮かべていた。
一見普通のかわいらしい手袋に見えて、実は軽い敵なら撃退できるギミックも備えた、ギロロ入魂の逸品だった。
(迷彩ってとこがあいつらしいけど、ミリタリー流行ってるし。なによりかわいいしね)
お気に入りのそれが、クローゼットのどこにあるのかを思い出しながら、
夏美の足は自然と玄関ではなく、庭に向かっていた。
「ギーロロ、ただいま」
「ん、今日は遅かったな」
たき火をいじっていたギロロが顔を上げて言った。
火に炙られていたせいか、夏美にはその顔が少し上気して見えた。
鞄を置いてブロックに座ると、足元の落ち葉がこんもりとしていた。
「あ、おいも焼いてる」
冷気にこわばっていた夏美の頬が緩んだ。
「夕食まで間もないだろうが、食うか?」
「うん!だっておいしいんだもん。あんたの焼くお芋」
顔はたき火に向かって伏せられていたが、ギロロが柔らかく笑った気配がした。
「「そういえば」」
二人の声が重なった。
互いに顔を見合わすと、ギロロの顔が夕闇にも紅い。
「な、なんだ夏美、先にいいぞ」
「いいの、たいしたことじゃないから。ギロロは何言おうとしたの?」
「いいっ!俺の話なんか」
「いいから」
夏美に強く言われると、ギロロは咳ばらいを一つした。
「あー……以前お前に、その、手袋をやっただろう。覚えていないかもしれないが」
「覚えてるし、大事にしまってあるわよ」
夏美は、そう言いながらも驚いていた。自分もあの手袋のことを考えていたのだ。
ギロロは夏美の言葉を聞いて、ほっとしたように息をはいた。
「それなんだが、ずっとしまってあったなら、メカ部分の動作が心配だ。
また使うなら見てやるから持って来い。
……勘違いするなよ、自分の作ったものに責任を持ちたいだけだからな」
なぜか赤さを増すギロロの顔を見ると、なんとなく夏美の心も温まった。
「ありがと、ギロロ。後で持って来るね」
「ああ。……それで、お前の話は何だったんだ」
「え?」
「何か言いかけただろう」
「あー……」
夏美は考えるふりで空を見上げた。
ほとんど藍色に覆われた空に、星が光り始めている。
自分もあの手袋について、今年も使わせてもらうね、と言おうとしていたのだ。
(同じことを考えてたなんて、なんか……)
気恥ずかしくて、とっさに考えているふりをしてしまった。
胸がもやもやする。でも悪い気分じゃない。
理由のわからない嬉しさが込み上げて、夏美は笑顔になっていた。
「わすれちゃった」
「なに?」
「何を言いたかったか、わすれちゃったの」
ギロロは呆れ顔で夏美を見たが、とびっきりの笑顔に迎えられ、慌てて目を伏せた。
「それなら……いい」
ギロロは火掻き棒でたき火を乱暴に混ぜた。ばさばさと落ち葉が動いて、
そこからほっくりと焼けた芋が現れた。
「わぁ。食べごろじゃない?」
「ちょうどいいタイミングだ」
古新聞に包まれて差し出された芋を、夏美は器用に二つに割った。
その半分をギロロに渡す。
「はい」
「一つ食えるだろう」
「なんか半分こしたい気分なの」
「……よくわからんが」
不思議な顔をしながらも、ギロロは芋を受けとった。
同じことを考えていたのが、なんとなく嬉しい。
一つの物を二人で分けるほうが、なんとなくおいしい。
夏美はそんな気がして、手元の芋に笑顔でかぶりついた。
地面に映った夏美の影が、炎に揺られてわずかにギロロへ寄り添ったように見えた。
■てぶくろ:END