■Leaves 4 you
目の前を小さな蝶が横切っていく。
それを視線で追えば、土手沿いの草むらへと降りて行ったようだった。
川は穏やかに流れ、陽の光を反射してきらきらと光っている。
穏やかな良い天気だった。
学校帰りの夏美は、川から来る風にスカートをはためかせながら、いつもよりもゆっくり歩いていた。
ふと足元を見れば、歩道の方まで緑の草がはみ出してきている。
踏まないように避けてみれば、それはクローバーの葉だった。
一面緑色の絨毯に見えていた土手も、目を凝らして見ると、少し緑の色を変えながら、クローバーが群生しているのがわかる。
「昔はよく、四つ葉のクローバ探したっけ」
夏美はにっこり笑うと、つま先を土手の方へと向けた。
「ただいま」
家に帰れば、とっくに制服を着替えた冬樹がリビングで雑誌を読んでいた。
「おかえり。遅かったね」
「ちょっと寄り道してたの。じゃーん!見てみて」
夏美が冬樹に差し出したのは、四つ葉のクローバだった。それも、2つもある。
「わぁ、見つけてきたの?」
「一度に2本も見つけたのよ!すごいでしょ」
誇らしげな姉を見て、冬樹は困ったように笑いながら答えた。
「四つ葉は突然変異が原因のことが多いから、同じ株からいくつか見つけても不思議じゃないんだよ」
「そうなの? もう、あんたも昔は夢中になって探してたくせに。そっけないわね」
「珍しいことには変わりないんだから。いいじゃない」
「なんかテンション下がっちゃった」
申し訳なさそうな冬樹を横目に、庭を見れば洗濯物が風に揺れていた。
「洗濯物、入れておいてくれれば良かったのに」
「あ、ごめん」
「いいわよ、私やるから」
手にした小さな葉をテーブルに置いて、庭に下りると、ギロロがネコと戯れていた。
夏美を見るなり、ネコはギロロの影に隠れたが、夏美は気にせず声をかけた。
「ギロロ、ネコちゃん、ただいま〜」
「帰ったか」
にゃあ、と鳴き声が続いたことが嬉しくて、笑顔で洗濯物を取り込んだ。
家に持ち込もうとして、ふとギロロのテントの方を見ると、入り口から何かがはみ出している。
何かと思ってよく見ると、それは本のように見えた。
「ギロロ、テントから何か出ちゃってるけど、それ何かの本?」
「ん?」
振り返ったギロロがそれを手に取った。
それは黄色い表紙の、文庫サイズの本だった。
表紙に文字は見えるが、ケロン星の文字らしく、夏美には読めない。
端にネコの物と思われる噛み後が見えた。
「おいネコ、お前いたずらしたな?」
ネコは一言鳴いて去っていく。別に悪びれた様子は無いようだ。
「しおり代わりにネコじゃらしを挟んであったからだな。油断した」
「あんたが読む本って、武器のカタログとかばっかりだと思ってたけど、それ、何の本なの」
「……別にいいだろう」
「えー?なになに、教えてよ」
「う、うるさい!」
「なーによ、まさか恋愛小説とか?」
夏美はギロロの手から本をひょいと奪い取ると、ぱらぱらと捲った。
文字は全く読めないが、字の並んだ感じから、小説や学術書には見えなかった。
挿絵も図解も一切無く、ぽつぽつと途切れた文が並ぶ感じは、見覚えがある。
「おいっ、返せ!」
足元でぴょんぴょん跳ねるギロロに、夏美は真面目な顔で聞いた。
「ねぇ、これ、もしかして詩集じゃないの」
その言葉に、ギロロはさらに顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「う……その、なんだ。荷物を整理していたら出てきたんだ。懐かしくて少し読み返していた」
「へぇ。やっぱり詩なんだ、これ」
「昔の物だ。しまっておくから返してくれ!」
「いいじゃない。詩が好きな男の人ってなかなかいないし。昔はよく読んだの?」
夏美はギロロに本を返しながら聞いた。
ギロロは目を逸らしながら、しぶしぶ答える。
「新兵の頃は、戦場では気が昂ぶって眠れなくてな。文字を読むと落ち着いて眠れたんだ。
難しい本や小説は苦手だったから、さらっと読める、こういう本を持ち歩いていた」
「そうだったの。図太そうなあんたがね。なんか意外」
「悪かったな!この話はもういいだろう」
怒鳴るギロロに、夏美は少し申し訳ない気持ちになった。
「そんな怒ると思わなかったから。ごめん」
「……怒ってなどいない。早く行け、洗濯物が皺になるぞ」
「あ、いけない」
夏美は慌てて家の中へと入って行った。
それから数日後。
夏美は庭にいたギロロに声をかけた。
「ねぇギロロ、今ちょっといい?」
「ああ。何か用か」
「これ。あんたにあげる」
差し出されたのは、長細い紙片。角に赤いリボンが結んである。
四つ葉のクローバーが押し花にされた、しおりのようだった。
「これは?」
「この前ね、土手でこのクローバーを見つけたの。この葉っぱはね、本当は三枚葉なんだけど、
たまに四枚葉のものがあるから、この四つ葉はラッキーアイテムってわけ」
「それを、なぜ俺に」
「この前、あんたの本のことで、ちょっと嫌な思いさせちゃったみたいだから。
お詫びもかねて、ってとこかな。ちょうど2つあったし、自分の分と、あんたの分。押し花にしてみたの」
この前は、新兵時代の情けない話をさせられて、怒ったというよりも、照れ隠しに怒鳴ってしまっただけだ。
むしろ、恥をさらしたと思い、あの後密かに落ち込んでいた。
そんな情けない自分に、ここまでしてくれて、嬉しいと同時に、申し訳ない気持ちだった。
じっと黙り込むギロロに、夏美は苦笑しながら言った。
「いらなければ、捨てちゃっていいから。ただ、この前の話だと、しおりの代わりにネコじゃらしなんか
挟んでたって言うし。またネコちゃんにいたずらされちゃってもイヤでしょ?
四つ葉なんて、冬樹に言わせればただの突然変異だし、ありがたがる程の物じゃないんだけど」
「いや」
俯いたまま、ギロロがそっと呟いた。
「大切に、する」
夏美は嬉しそうに笑うと、ギロロの隣に座った。
「ねぇ。もし……あんたが嫌じゃなかったらさ、あの本の詩、どれか読んでくれない?あんたの好きなのでいいから」
「なに!?そんな恥ずかしいこと、できるか!」
「あんたが読んでいたっていう詩、聞いてみたかったんだけどな……」
上目遣いでそう迫られれば、NOと言えるはずもなく。
青空の下、二人だけの詩の朗読会が始まった。
■leaves 4 you:END