■Draw the line
海風に揺られたカーテンが、微かに頬を撫でた。
月の明るい夜だった。
ベッドサイドの出窓が開いていて、部屋は月明かりに満ちている。
上半身を起こすと、わずかに欠けた上弦の月とその下に広がる漆黒の海が見える。
窓枠に切り取られたそれは、まるで一枚の絵画のようだった。
まだ夢の中のような気分で潮騒に耳を傾けていると、波音に混じってかすかな寝息が聞こえてきた。
自分のすぐ横には、先ほどまでの激しさが嘘のように、穏やかな表情で眠る伍長がいた。
俯せの背中が、上掛けのシーツからかなり出てしまっている。
肩までかけてやろうかと手を伸ばしたところで、ふと思い立った。
つ、と背中に指で線を引く。
傷だらけな前身とは違い、なめらかな背中は月光に照らされて身じろぐこともない。
規則正しく上下する平野に、いたずらをするように、つつ、とまた線を引いた。
私の指はいつしか無意識に、その背中に文字を描いていた。
何度か繰り返したところで、ふいに手首を捕まれた。
「」
「すみません、起こしましたか」
「」
「……はい?」
「そう書いていただろう。俺の背に自分の名など刻んでどうする」
半分閉じた瞼で伍長が問う。
私は目を細めた。
「背中だけじゃない。本当なら伍長のすべてに私を刻みたいのです」
「……言うようになったな」
伍長は左半身を起こして、右手で頭を支えながら私を見た。
少し驚いた様子の彼の顔に、唇を寄せながら囁く。
「好きな男の前なら、女はいくらでもはしたなくなれるのですよ」
ちゅ、とついばむだけのつもりが、下唇に甘く噛み付かれた。
不意打ちにすくんだところへ、左手で後頭部を抑えられ、舌で深く侵入されると同時に組み敷かれる。
「もっとはしたなくなれるよう、俺をお前に刻んでやろう」
「伍長」
至近距離で見つめられると、体の奥の熱がまた沸き上がって来るようだ。
熱いため息が漏れると、伍長は私を強く抱きしめた。
「」
「伍長」
「こういう時くらい、名を呼んでくれ」
「……ギロロ」
「」
肩に口づけが落ちて、そこからはもう何も考えられなくなる。
伍長の無骨な指は、不器用ながらも確実に、その存在を私に刻んでゆくのだった。
■Draw the line:END